伝送線路(電線)の電気特性測定 (2) - 低周波に於ける一次定数測定

1. 低周波に於ける分布定数補正

周波数が低く、かつ試料の長さが短かければ (19), (20) 式により、 終端短絡線路と終端開放線路の入力インピーダンス測定から R, L, G, C が得られますが、 長さ 1 m 程度の試料でも数 MHz 程度になると、 試料内部の電圧電流が場所によって違ってくるため、 この条件が成立しなくなりますので、 もう少し高い周波数でどうなるかを考えておきます。

  tanh(γ*l) = tanh(α*l + j*β*l)
	= (tanh(α*l) + j*tan(β*l)) / (1 + tanh(α*l)*j*tab(β*l))
	〜 α*l + j*tan(β*l)
から、試料内部の電圧電流の位相差まで考慮した近似式は
  Zsc 〜 Z0*(α*l + j*tan(β*l))                            (21)
  Zoc 〜 Z0/(α*l + j*tan(β*l))                            (22)
となります。

インピーダンス測定機で終端短絡入力インピーダンス Zsc と終端開放入力インピーダンス Zoc を測定するときは

  Zsc = R + j*ω*L      .. 直列等価回路
  Zoc = 1/(G + j*ω*C)  .. 並列等価回路
解釈しますから、βがωに比例することに注意して、
  Zsc 〜 Z0*α*l + j*Z0*β*l * tan(β*l)/(β*l)              (23)
  Zoc 〜 1/(α*l/Z0 + j*β*l/Z0 * tan(β*l)/(β*l)           (24)
となって、 L と C については tan(β*l)/(β*l) だけ過大評価になります。 過大評価になる理由は線路長が 1/4 波長の共振点に近付くにつれて、 終端からの反射波の影響が増えてきてリアクタンスが増加すること、あるいは、 始端に電圧を加えても試料終端にまで電流が流れつくのに時間がかかり、 電流の立上りが遅れることから、 容易に理解できると思います。 なお、無損失ケーブルの場合は α=0 とした (21), (22) 式と正確に一致します。 つまり、この二つの式の虚部(インダクタンスとキャパシタンス)は 損失を無視した近似になります。

つまり、インピーダス測定で得られた L, C の測定値を Lm, Cm として、

  L = Lm * k                                                  (25)
  C = Cm * k                                                  (26)
  k = β*l/tan(β*l)                                          (27)
  β = ω/v
  v = 2.99792458e8 / sqrt(εs)
  εs = 誘電体の(等価)比誘電率 (ポリエチレンなら 2.3)
補正すれば、より正しい値が得られ、 1 MHz 程度が測定限界となる 1 m 程度の試料長で 10 MHz 以上までの測定が可能になります。

ただ、この補正を実行するにはβ*lがわかっていないとダメで、 これをどう決めるかの工夫が鍵になりますが、 補正の結果 C が一定になるような β*l を探すという発想に切替える ことで解決します。 詳細は 伝送線路(電線)の電気測定(3) - 高周波に於ける二次定数測定 伝送特性測定シミュレーションの基礎 (3) - プログラム例 (2) で説明します。

並列等価回路を使ったキャパシタンス測定では、もう一つ注意点があります。 インピーダンス測定機でキャパシタンス測定を行うと、通常、 キャパシタンスの値と誘電正接(dissipation factor, Loss tangent) を表示します。

  D = G/(ω*C)
  ここに
	D = 誘電正接
	G = 並列コンダクタンス (G)
	C = 並列キャパシタンス (F)
D はキャパシタに蓄積されるエネルギ Q のうち毎秒 D*Q が熱として失われるという意味で、 本来は誘電体の発熱に起因するものですが、 この場合は α*l/Z0、つまり、特性インピーダンスで規格化した導体損失ですから、 誘電体損失ではありません。 誘電体損失を測定したつもりが導体損失の測定だった という間違いは極めて多く見られますので 注意してください。

高周波ケーブルで使われる絶縁材料の誘電正接は極めて小さいのが普通で、 おまけにキャパシタンスの値も小さいため、 ケーブルに使われた状態での正確な誘電正接の測定はかなり難しいです。

同様に、ケーブルのインダクタンスも値が小さいため、 測定機への接続部分や終端のインダクタンスを除く工夫をしても、 なお測定が難しく、間違った値が表示される事例をよくみかけます。

注意深い測定と上記の補正を組み合わせると、 ケーブルを伝搬する電磁波の波長の 1/10 程度の長さまでは L, C, R, G のが可能になります。 ポリエチレンのような誘電体損失の小さな材料では、 数 GHz まで測定限界以下になります。

2. open-short 法による二次定数計算と、その限界

Zsc と Zoc がわかれば二次定数は容易に計算でき、 この方法はopen-short 法(Open-Short Method) として知られています。 (13), (14) から

  Z0 = sqrt(Zsc*Zoc)                                 (28)
  γ*l = atanh(Zsc/Zoc)                              (29)
複素数計算(Complex Number)ですから、 インピーダンス測定では R + j*X 形式か、 極座標を使った abs(Z), arg(Z) 形式で求めておきます。 複素数計算のプログラミングに不慣れな方は フーリエ変換と線形システムの基礎 (2) - 例題の「9.2. 複素関数」 がお役にたつかもしれません。

一般的な電線なら、長さ 1 m の試料で 10 MHz あたりまでの測定は簡単です。 精密な端末処理を心がけて 10 cm の短い試料を使えば 100 MHz あたりまでは、 この方法で二次定数が得られます。 ポリエチレンなどの優秀な誘電材料を使った電線なら、 100 MHz までの測定を 1 GHz 以上まで外挿して高周波に於ける値を推測することができます。

open-short 法を含めて、 電子測定では試料の作成が極めて重要で、 この技量が測定精度のほとんどを決めます。

  1. 終端短絡と終端開放試料の長さを正確に一致させる
  2. 試料と測定機の校正面との接続部分に残留キャパシタンスや残留インタクタンスを作らない
  3. 試料終端の短絡部分に残留インダクタンスを作らない
のがポイントですが、 理論上、完全な終端短絡や終端開放が作れないうえに、 実務上もかなり難しいことが多く、 工夫のしがいがあります。

試料と測定機の校正面との接続部分と試料終端の短絡部分は ぎりぎりまで短くしなければなりません。 試料終端の短絡部分は残留インダクタンスが最小になるように工夫して半田付けし、 Zsc を測定した後、 必要最小限の半田付け部分だけを切り落して Zoc を測定するようにします。 こういった作業をいいかげんにすると、 大きな誤差を生みます。

試料の長さが電線を伝わる電磁波の波長の 1/4 に近付くと、 open-short 法は使えなくなります。 伝送線路は長さが 1/4 波長の倍数のとき共振しますから、 入力インピーダンスが急変し、 終端短絡試料と終端開放試料の長さのわずかな違いで、 大きな誤差が発生するためです。 例えば、1/4 波長終端短絡試料の入力インピーダンスは無限大に近い値、 1/4 波長終短開放試料の入力インピーダンスは 0 に近い値ですから、 open-short 法だと Z0=sqrt(無限大*0)、 γ*l=atanh(無限大/0) を計算することになってしまいます。

つまり共振が open-short 法を無力化してしまうわけですが、 その共振を積極的に利用しようとするのが同調法(resonant methodの アイデアです。 (注1)

なお、open-short法はインピーダンス標準として Open(∞Ω)とshort(0Ω)を使いますが、 他の値を使うこともできます。 (注2)

3. ポート延長と治具の補正

インピーダンス測定機の入力端子(コネクタ)に試料を直接接続できず、 損失が無視できる程度の同軸ケーブルで接続せざるを得ない場合は、 同軸ケーブル内部の位相差を下記のように補正します。

  Zx = (Zin - j*tan(ω*Td)/(Z0 - j*tan(ω*Td))*Z0                   (32)
  ここに、
	Zx = 試料のインピーダンス (Ω)
	Zin = 同軸ケーブル越しに見た試料のインピーダンス (Ω)
	Z0 = 同軸ケーブルの特性インピーダンス (Ω)
	ω = 角周波数 (rad/s)
	   = 2*π*f
	f = 周波数 (Hz)
	Td = 同軸ケーブルの遅延時間 (s)
	   = 同軸ケーブルの長さ(m)/同軸ケーブルを伝搬する電磁波の位相速度(m/s)
(注3)

これは測定機の入力ポートを同軸ケーブルで延長したとも解釈できますので ポート延長(port extension)と呼ばれます。

同軸ケーブルの損失が無視できないとか、 もっと複雑な治具を作成して治具の入力ポートに試料を接続し 治具を通してインピーダンスを測定する場合は、 平衡ケーブル測定BALUN校正で説明する、より一般的な方法を使います。

4. 注

4.1. 注1 - 高周波に於ける open-short 法

open-short 法で極端な誤差が生ずるのは線路長が 1/4 波長の倍数のときですから、 周波数による入力インピーダンスの変化が比較的少ない共振周波数の中間となる (2*n+1)/8 (n = 1, 2, ..) 波長で open-short 法を使うと、 終端短絡と終端開放試料の長さの差や試料始端や終端の浮遊インピーダンス誤差を 軽減できて、 かなり誤差の少ない値が得られます。

この具体的な方法は 1/8 波長Open-Short法シミュレーション をご覧ください。 open-short 法同調法を組み合わせたような手法なります。

4.2. 注2 - open-short 以外のインピーダンス標準を使う方法

Zt1 と Zt2 という二つのインピーダンス標準があれば、

  tanh(γ*l) = ((Zi1-Zt1)*Z0)/(Z0^2-Zi1*Zt1)
  tanh(γ*l) = ((Zi2-Zt2)*Z0)/(Z0^2-Zi2*Zt2)
  ここに、
	Zi1 = 終端インピーダンス Zt1 で終端した伝送線路(Z0,γ*l)の入力インピーダンス
	Zi2 = 終端インピーダンス Zt2 で終端した伝送線路(Z0,γ*l)の入力インピーダンス
	Zin/Z0 = (Ztn/Z0+tanh(γ*l))/(1+(Ztn/Z0*tanh(γ*l))
から tanh(γ*l) を消去すると
  Z0 = sqrt((Zi1-Zt1)*Zi2*Zt2-(Zi2-Zt2)*Zi1*Zt1)
	/((Zi1-Zt1)-(Zi2-Zt2)))                                  (30)
また
  tanh(γ*l)*Z0^2-(ZT1-Zi1)*Z0-Zi1*Zt1* Zi1*Zt1*tanh(γ*l) = 0
  tanh(γ*l)*Z0^2-(ZT2-Zi2)*Z0-Zi2*Zt2* Zi2*Zt2*tanh(γ*l) = 0
から tanh(γ*l)*Z0^2 を消去すると
  tanh(γ*l) = Z0*((Zt1-Zi1)-(Zt2-Zi2))/(Zi1*Zt1-Zi2*Zt2)         (31)

(28), (29) は (30), (31) で Zt2 = ∞, Zt1 = 0, Zi2 = Zoc, Zi1 = Zsc にした場合に対応します。

4.3. ポート延長補正

伝送線路の基本的関係

  Zin/Z0 = (Zx + Z0*tanh(γ*l))/(Z0 + Zx*tanh(γ*l))
  ここに、
	Zin = インピーダンス Zx で終端した同軸ケーブルの入力インピーダンス (Ω)
	Z0 = 同軸ケーブルの特性インピーダンス (Ω)
	γ = 同軸ケーブルの伝搬定数
	   = α + j*β
	l = 同軸ケーブルの長さ (m)
	j = sqrt(-1)
	α = 同軸ケーブルの減衰定数 (neper/m)
	β = 同軸ケーブルの位相定数 (rad/m)
で α*l << 1 の場合は tanh(γ*l) 〜 j*tan(β*l) ですから
  Zx/Z0 〜 (Zin - j*Zo*tan(β*l))/(Z0 - j*Zo*tan(β*l))
ここで
  β*l = ω*l/v = ω*Td
  ここに、
	ω = 角周波数 (rad/s)
	   = 2*π*f
	f = 周波数 (Hz)
	v = 位相速度 (m/s)
	Td = 遅延時間 (s)
を考慮すれば
  Zx = (Zin - j*tan(ω*Td)/(Z0 - j*tan(ω*Td))*Z0

高周波に於ける二次定数測定

平林浩一, 2016-03-17