伝送線路(電線)の電気特性測定 (1)

以下の解説は長さ方向で電気特性が変化しない 一様な伝送線路を前提に、 インピーダンス測定の常識は持ち合わせていて、 伝送線路という電線特有の状況にとまどっている人々を対象にしています。

測定では、測定対象と測定手段の理論的理解が極めて重要で、 この理解こそが致命的失敗を防ぐ最大の武器になります。 そして理解を得る最良の手段は考え続けながら、 自らの手で実験してみることです。

1. 伝送線路の構造

電気回路は電磁場を電圧、電流、電源、 キャパシタンス、インダクタンス、抵抗で 現しますが、 電線(electric cable)の場合は、 伝送する電磁波の波長に比べてケーブル断面のサイズは十分短く と看做せても、 長さ方向のサイズが無視できないため、 抵抗やコンデンサなどの受動部品と違って、 二次元のとして扱うしかなくて、 Heaviside電信方程式(Telegraph Equation)と呼ばれる 偏微分方程式で記述されることになります。

  (d/dz)v(z,t) = -R*i(z,t)) - L*(d/dt)i(z,t)                         (1)
  (d/dz)i(z,t) = -G*v(z,t)) - C*(d/dt)v(z,t)                         (2)
  ここに、
	v(z、t)	= 線路の始端からの距離 z に於ける時刻 t の電圧 (V)
	i(z、t)	= 線路の始端からの距離 z に於ける時刻 t の電流 (A)
	R = 線路の導体抵抗 (Ω/m)
	L = 線路の自己インダクタンス (H/m)
	G = 線路のコンダクタンス (S/m)
	G = 線路のコンダクタンス (S/m)
	C = 線路のキャパシタンス (F/m)
電圧、電流が正弦波の場合電圧電流の複素数表現による代数化により、 極めて簡単に下記の関係が得られます。
  V(z) = V1*exp(-γ*z) + V2*exp(+γ*z)                                (3)
  I(z) = I1*exp(-γ*z) + I2*exp(+γ*z)                                (4)
  ここに、
	γ = sqrt((R+j*ω*L)*(G+j*ω*C))                              (5)
	   = α+j*β                                                  (6)
	α = 減衰定数 (neper/m)
	β = 位相定数 (rad/m)
	  = 2*π/λ                                                   (7)
	  = ω/v                                                      (7a)
	λ = 波長 (m)
	j = sqrt(-1)
	ω = 角周波数 (rad/s)
	   = 2*π*f
	f = 周波数 (Hz)
	v = 電線を伝搬する電磁波の位相速度 (m/s)
  なお、
	Z0 = V/I = sqrt((R+j*ω*L)/(G+j*ω*C))                        (8)
	Vr = v / c                                                    (9)
	v = dβ/df                                                   (10)
	Vr = 速度係数 (Vr <= 1)
	   = v / c                                                   (11)
	c = 真空中の光速 (299792458 m/s)
	Z0 = 特性インピーダンス (Ω)
以上から、回路計算を目的とした電線の回路パラメータとしては、 下記のいずれかの選択になります。
  1) R, L, G, C
  2) Z0, α, Vr
R, L, G, C は実数、Z0, λ は複素数ですから、 いずれの場合も実質4個のパラメータになりますが、 R, G は周波数による変化が大きくて高周波に於ける直接測定が困難、 Z0 と Vr は高周波でほぼ一定になるため、 高周波では Z0, α, Vr を使い、 低周波では R, L, G, C を使うのが普通です。 なお、G は絶縁抵抗ではなくて、 電子レンジでの発熱原因となる 時間的に変化する電場による誘電体損失であることに注意してください。

速度係数Vr は電線を伝搬する電磁波の位相速度を真空中の光速で規格化した値ですが、 相対論で速度の上限が c になることがわかっているため、 極めて自然で使いやすい指標になります。

2. 線路パラメータの測定

R, L, G, C は一次定数 Z0, γ あるいは Z0, α, β (または Vr) は二次定数と呼ばれていますが、 一見平易に思える一次定数は伝送線路の中で混然一体化していて分離できません。 電気回路のキャパシタンス C は電場、インダクタンス L は磁場に対応していて、 電磁波では電場と磁場が一体化しているため、分離できないのです。 そのため、伝送線路では一次定数より二次定数のほうが本質的かつ素直です。

線路パラメータの測定では線路内部の状態を 線路端からの観測で探ることになりますが、 伝送線路の終端に負荷インピーダンス Zl を接続したときの電圧電流関係 (入力インピーダンス)は

  Zin/Z0 = (Zt/Z0 + tanh(γ*l))/(1 + (Zt/Z0)*tanh(γ*l))            (12)
  ここに
	Zin = 線路の入力インピーダンス (Ohm)
	Zt = 線路の終端抵抗 (Ohm)
	l = 線路の長さ (m)
ですから、測定可能な Zin の測定値から Z0, γ を求めるには、 値の異なる終端抵抗 Zt を二つ用意する必要があります。

最も簡単な終端抵抗は終端開放(Zt=∞)と終端短絡(Zt=0)ですが、

  Zsc = Z0*tanh(γ*l)                                               (13)
  Zoc = Z0/tanh(γ*l)                                               (14)
  ここに、
	Zsc = 終端短絡線路の入力インピーダンス (Ω)
	Zoc = 終端開放線路の入力インピーダンス (Ω)
から
  Z0 = sqrt(Zsc*Zoc)                                                 (15)
  tanh(γ*l) = sqrt(Zsc/Zoc)                                         (16)
が得られます。

いずれにしても、 インピーダンス測定器でZsc と Zoc の正確な値が得られれば、 二次定数の測定ができます。 ただ、測定周波数が高くなると、この「正確な値」を得るのが簡単ではありません。 この難しさの主な原因は下記にあります。

  1. 高周波でのインピーダンス測定自体が難しい
  2. 終端開放線路長と終端短絡解離線路長を正確に同じ長さにすることが困難

一方、インピーダンス測定が可能な程度に測定周波数が低いか 伝送線路の長さが短い場合は、

  tanh(z) = z - z^3/3 + ..                                          (17)
  coth(z) = 1/z + z/3 - ..                                          (18)
から z << 1、つまり、R << ω*L かつ G << ω*C なら
  Zsc 〜 Z0*γ*l = Rm+j*ω*Lm                                       (19)
  Zoc 〜 Z0/(γ*l) = 1/(Gm+j*ω*Cm)                                 (20)
  ここに、
	Rm, Lm, Gm, Cm は試料の抵抗、インダクタンス、コンダクタンス、
	キャパシタンスの測定値
と、一次定数 R, L, G, C を、ほぼ分離することができます。

以下、不平衡ケーブルについて、 直接一次定数が測定できる低周波のケースと と直接二次定数が測定できる高周波のケースについて解説し、 最後に平衡ケーブルについてふれます。

ここで、低周波というのは電線の長さが電線を伝わる電磁波の波長の 1/4 に比べて十分短い場合、 高周波というのは電線の長さが電線を伝わる電磁波の波長の 1/4 に近い、あるいはさらに長い場合を意味します。 前者の場合は電線の全領域で電圧と電流が等しいと看做せるのですが、 後者の場合は電線の場所が違うと電圧と電流が変わってくるため、 測定法も変えざるを得ないのです。

平林浩一, 2016-03-25