TDR によるケーブル測定の謎

TDR(Time Domain Reflectmetry - 時間領域反射測定)は 立ち上がりの速いステップ電圧2端子試料に印加して、 試料に加わる電圧の時間的変化から試料の内部構造を把握する手法で、 伝送線路測定の場合は 1 次元レーダとして機能します。(注1)

1図 TDRの仕組み - E(t) 波形から試料(DUT)の内部構造を読み取る

TDRの仕組みは1図のように極めて簡単なものですが、 立上りの速いパルス発生器と高速オシロスコープの組み合わせに なるため、比較的高価な電子計測機のひとつです。

R0 すなわちTDRのシステムインピーダンスは50 Ωが普通です。

試料(DUT - Device Under Test)としては、抵抗、コイル、コンデンサといった 集中定数部品やその組み合わせでも良いのですが、 好んで使われるのが、プリント基板の高周波伝送路や 高周波ケーブルなどの伝送線路の解析です。

理由は伝送線路で最も重要な 特性インピーダンスの値や不連続部分の場所と状態、 電磁波の伝搬速度などが極めて簡単に測定できて、 しかも視覚による直観的理解が得られるためです。

以下、3C-2V(75 Ω) 同軸ケーブルを題材に、 TDRの簡単な使いかたを説明しながら、 通常の文献には書かれていない話題に 注意を向けてみたいと思います。

2図 - 3C-2V同軸ケーブルのTDR波形 (4 回目の反射波が戻るまで)

2図はDUTとして終端解放3C-2V同軸ケーブルのTDR波形、つまり、 3図の E(t) 波形を 4 回目の反射波が戻るまでの時間幅で表示したものです。 TDRの画面縦軸は反射係数、横軸は時間です。

このTDR波形を理解するためには、3図の測定回路に於ける ケーブル始端と終端の電圧反射係数 r1, r2, r3、 ケーブル始端の電圧透過係数 t1, t2 を知らなければなりません。 この分野に不案内なかたは電気工学の分布定数回路理論の本とか、 私の解説でもよろしければ 伝送線路理論の基礎をご欄ください。

  r1 = (Z0 - R0) / (Z0 + R0) = (75 - 50) / (75 + 50) = 0.20
  r2 = (∞ - Z0) / (∞ + Z0) = 1.0
  r3 = (R0 - Z0) / (R0 + Z0) = (50 - 75) / (75 + 50) = -0.20
  t1 = 2 * Z0 / (R0 + Z0) = 2 * 75 / (50 + 75) = 1.20
  t2 = 2 * R0 / (Z0 + R0) = 2 * 50 / (75 + 50) = 0.80
<3図 終端開放線路のTDR測定 (R0 = 50 Ω、Z0 = 75 Ω、v = 1.98e8 m/s)

話しを簡単にするため、ケーブルの減衰を無視して考えますが、 3図の回路でスイッチを閉じると、E0 から伝搬する電磁波のうち電圧比で r1 は ケーブル始端で反射して戻りますから、E(t) = r1 になると同時に透過係数 t1 分の 電磁波がケーブル終端に進みます。

次にケーブル終端に達した透過波は反射係数 r2 で元の方向に戻って、 そのうち透過係数 t2 が E(t) に加わり E(t) = r1 + t1 * r2 * t2 = 1.16 になると同時に、 残りの t1 * r2 * r3 が再度ケーブル終端に進みます。

そして、ケーブル終端に達した反射波は反射係数 r2 でケーブル始端に戻って 透過係数 t2 分が E(t) に加わって E(t) = r1 + t1 * r2 * t2 + t1 * r2 * r3 * r2 * t2 = 0.968 になるのと同時に、 t1 * r2 * r3 * r2 * r3 の反射波がケーブル終端に進みます。

以下同様の反射と透過が永久に続きますが、反射係数が 1 より小さいため、 反射波の影響は短時間で観測できなくなります。

ケーブルの減衰がなければ、最終的に E(t) = 1 になりますが、 実際には減衰により反射波は弱くなりますから 1 より小さな値に落ち着きます。

このメカニズムが理解できると、ケーブル始端の最初の反射係数、すなわち、 R0 から DUT への接続点の反射係数を r として、

ことに気づきます。

次に、最初の反射波が戻るまでの区間を拡大してみると次のようになります。 (注2)

4図 - 3C-2V 同軸ケーブルの TDR 波形 (最初の反射波が戻るまで)

先に述べたように、 TDRの縦軸は R0 に対する反射係数で表示されているのが普通ですが、 インピーダンスへの換算は容易で、

  Z = (1 + r) / (1 - r) * R0
  ここに、
	Z = DUT の入力インピーダンス (0 <= Z <= ∞)
	r = TDR で得られる反射係数 (-1 <= r <= 1)
	R0 = TDR パルスジェネレータの出力インピーダンス
になります。 通常のTDR装置ではカーソル(cursor)で読み取る場所の時間、 反射係数と同時にインピーダンス換算値も表示してくれるようになっています。

TDRの主要な用途の一つが反射係数から伝送線路の 特性インピーダンスを求めることにあって、 プリント基板の特性インピーダンス測定では、 この方法で伝送路内部の特性インピーダンスを測定しています。

4図の場合は、左側のカーソル(黒丸)の反射係数が約 0.2 ですから ケーブルの特性インピーダンスが 75 Ωであることがわかります。 (注3)

しかし、ここで不思議なことに気づきます。 ケーブルの特性インピーダンスがケーブル始端と終端で違うのです!

4図の場合ならケーブル始端で 73 Ω、終端で 80 Ωを越えています。 つまり、TDRで測定したケーブルの特性インピーダンスは 先にゆくに従って増加しています。

しかし、ケーブルの始端と終端を逆に接続してみても、 やはり同じ結果になりますから、 ケーブルの特性インピーダンスが始端と終端で一致していないとも思えません。

プリント基板の伝送路とケーブル伝送路には何か違いがあるのでしょうか?

何故、 TDRで測定したケーブルの特性インピーダンスがケーブル終端に 近付くに従って増加するのでしょうか

これが今回の問題です。

注1 - TDR で使われるパルス発生器とオシロスコープ

電子計測で使われるTDRのパルス発生器では速い立上りが実現できる ステップ(step)波形を使います。 立上り時間は 30 ps 程度が普通ですが、7 ps といったものも実現されていて、 TDR波形の距離分解能は 1/1000 mm の桁に達します。

波形観察に使うオシロスコープについては単発パルス測定の必要がないため、 繰り返し波形の測定タイミングをずらせながら何度も測定を行い、 その結果を合成することで見掛上のサンプリング速度を高めるサンプリング オシロスコープ(sampling oscilloscope techniques)を使うのが普通です。

一方、長距離ケーブルの断線や短絡といった故障点を特定する目的で製作 されたTDRでは分解能が 1 m 単位でも間に合うため、 立上り時間を極度に短くする必要がなくて、 反射波形を解釈しやすい単発パルスを使うのが普通です。

また、時間分解能が低くてもよい、 数 10 m のケーブルで電磁波の反射を調べたり電磁波の伝搬速度を測定するといった 用途であれば、安価なファンクションジェネレータと安価なオシロスコープで 間に合います。 同様に、ケーブルの故障点位置測定装置なども比較的低いコストで作れます。

なお、TDRは電気工学分野だけでなく、 地球科学、農学、地質学などでも利用されています。

注2 - TDRによる減衰測定

反射波の立上りが遅いのはケーブルの減衰と位相歪が原因ですが、 ステップ応答の 50 % 立上り時間からケーブルの減衰を求めることもできます。 詳しくはこのシリーズの「パルスの立上り時間と ケーブルの長さの関係」を見てください。

注3 - TDRによる伝搬速度測定

4図で、最初の反射波が戻るまでの時間が 405 ns ですから、 ポリエチレン充実絶縁同軸ケーブルの速度係数が 0.66 であることから、 ケーブル内部を進む電磁波の位相速度は 1.98e8 になって、 ケーブルの長さが 1.98e8 * 4.05e-9 / 2 = 40 m であることがわかります。 逆に、ケーブルの長さを測定しておけば、 ケーブル内部を伝搬する電磁波の位相速度がわかることになります。

平林 浩一, (C) 2012