伝送線路(ケーブル)に沿って進行する電磁波の伝搬速度として、多くの文献に
Vp = c / sqrt(μs*εs) (1) ここに Vp = 位相速度 (m/s) c = 真空中の光速 (m/s) = 2.99792458e8 (m/s) (注1) μs = 媒質の比透磁率 εs = 媒質の比誘電率
という公式が掲載されています(注2)。
例えば、真空なら μs = εs = 1 ですから、真空中の光速と等しくなって当然。(注3)
次ぎに、JIS C 3501 とか MIL 規格のポリエチレン絶縁の同軸ケーブルなら、 導体も絶縁体も非磁性で、ポリエチレンの比誘電率は 2.3 ですから、 μs = 1、εs = 2.3 になって、
Vp = c / sqrt(2.3) = 0.66 * cと真空中の光速の 66 % 程度になり、JIS 規格の「波長短縮率 66+-2% 」と一致します。
波長短縮率というのは、
波長短縮率 = 伝送線路を伝わる電磁波の波長 / 真空中の電磁波の波長という意味ですが、
Vp = λ*f (2) ここに Vp = 位相速度 (m/s) λ = 波長 (m) f = 周波数 (Hz)という波動一般に成立する基本的関係がありますから、波長短縮率は速度の低下率 に等しく、(1) 式が正しいことが確認できます。
IEC規格では、「波長短縮率」の代わりに「相対論」を考慮した「速度係数」 (velocity ratio)
速度係数 = 伝送線路を伝わる電磁波の速度 / 真空中の電磁波の速度が使われていて、私はこのほうが好きですが、昔は電磁波の速度より波長を測定する ほうが簡単でしたから、波長短縮率の概念は自然でした。
さらに、JIS C 3330 の 1VHF (テレビジョン受信用フィーダコード) で検証してみると、 導体は 7/0.23 (0.23 mm 裸銅線の7本撚)、導体間隔約 7.5 mm の構造で、 参考値として、キャパシタンス 13 pF/m、波長短縮率 85 % が掲載されています。
導体を保持するために眼鏡型の PE (ポリエチレン) 絶縁体が使われていますから、 精密な計算には有限要素法等の数値計算が必要ですが、ここでは、2芯平行線の キャパシタンス近似式
C = 27.8*ε/log(d/a) ここに C = キャパシタンス (pF/m) ε = 絶縁体の(等価)比誘電率 d = 導体間隔 (m) a = 導体半径 (m)を使うことにして、誘電体が真空 (ε = 1) に付いて計算した C = 8.8 pF/m と、 規格の参考値 13 pF/m から等価比誘電率を求めると ε = 1.3 ですから、 (1) 式が正しければ、波長短縮率は 88 % 程度になり、規格の参考値と比べると、 3 % 程度の誤差で収まっていて、悪くない近似です。
こうしてみると、実際のケーブルで検証しても問題なさそうですが、 この (1) 式、本当に正しいでしょうか。これが今回の問題です。
真空中の光速度は測定値でなく定義値ですから注意してください。 おやと思ったら、現代の単位系を勉強するチャンスです。
例えば、とりあえず手元にあったものから拾っても 1) 森屋俶昌・関和雄,- 高周波計測 (東京電機大学出版局) ISBN4-501-31950-X 3 ぺージ 2) Lamont V.Blake,- Transmission Lines and Waveguides (John Wiley 7 Sons, Inc.) page 48 3) トランジスタ技術 SPECIAL No.42,- 高速ディジタル回路の測定とトラブル解析 (CQ出版社) 20 ページ等、たくさんあります。
文献 1) では、通常の高周波線路で成り立つ条件 ω*L >> R、ω*C >> G に於ける、 よく知られた近似式
β = ω*sqrt(L*C) ここに β = 位相定数 (rad/m) ω = 2*π*f (rad/s) f = 周波数 (Hz) L = 線路のインダクタンス (H/m) C = 線路のキャパシタンス (F/m)と、(2) 式から
Vp = f*λ = 2*π*f/β = 1/sqrt(L*C)を計算し、「一方、伝送線路の L と C で表すと
L*C = μ*ε = μs*εs/c^2 ここに c: 光速 μ,ε: 媒質の透磁率、誘電率 μs,εs: 媒質の比透磁率、比誘電率の関係から、
Vp = 2*π*f/β = 1/sqrt(L*C) = c/sqrt(μs*εs)iすなわち、伝搬波長 λ も位相定数 Vp も伝送線路の比透磁率 μs と比誘電率 εs の積の平方根に反比例する。」 としています。
文献 2) は、もう少し丁寧で、
「The rigorous formula, valid for all frequncies and for lines with a loss, is quite complicated. But for either a lossless line or for a line with moderate loss operated at a high (radio) frequencies, the formula can be simplified. It becomes
Vp = 1/sqrt(L*C)This formula is exact for a lossless line, but may be used without serious inaccuracy for the majority of lines at radio frequencies.
It was mentioned in Sec.1-2 that the velocity of a voltage wave on a transmission line is actually the velocity of the accompanying electromagnetic wave in the medium between the line wires. For a nondissipative medium this velocity is given by the formula
v = 1/sqrt(μ*ε)where μ is the magnetic permeability of the medium and ε is the electric permittivity. It can be shown that these two different formulas for the wave velocity lead to the same result - that is, no matter what the configuration of the line, the product LC will always be equal to the ptoduct με.」
と説明していますが、基本的には同じです。いずれにしても、無損失ないし高周波で 使われる多少の損失を有する線路であれば、LC = μ*ε が成立し、(1) 式で位相速度 を計算できるという結論です。
昔、日本経済新聞の広告で「光は電磁波より速い」という、 さる電線会社の1面広告を見てびっくりしたことがありますが、 物理的には光は電磁波そのもので、 光が電磁波の中で特別なものに思えるのは、 人間の視覚の機能的制限が原因です。
平林 浩一, (C) 2001