ケーブルによるパルス伝送では、距離が長くなるに従って速い伝送が困難になりま
すが、例えば、「RS-422-A」の「APPENDIX」には、下記のようなグラフを「保守的
な選択のためのガイド」(coservative guide) として利用するように勧めています。
そして、この規格では、この図の根拠が経験的 (based upon empirical data) な
もので、100 Ohm の抵抗で終端した銅導体の電話線 (24AWG, 52.5pF/m) を使った
実験データを元に、
a. パルスの立ち上がりと立ち下がりの時間が、パルス幅の 1/2 以下 b. 信号から負荷までの電圧降下が 6dB 以下。という基準から作成したことを正直に告白しています。
この基準そのものは、「立ち上がりと立ち下がりの遅さは、なんとかパルスに追従 できればよいだろう」ということで、パルス幅の 1/2 まで許すことにして、「電 圧降下は 1/2 まではよかろう」という、これまた電気工学伝統の割り切りになっ ています。日本の最高裁判所では、選挙権の限界などで、もっと差別しても平等と 見なすという判例を作っていますが、工学には「1:2より開いたら同じとはみな さない」という伝統があって、法律家以外なら妥当な判断と考えて良いでしょう。
さて、上のグラフの理論的根拠ですが、90kbps 以下の伝送速度で、ケーブル長の 限界が、約 1.2Km 「一定」になっている原因が、ケーブルの直流抵抗にあること は容易に予想できると思います。この直線は「直流まで続いている」のですから!
以下、この点を計算で確かめてみましょう。まず、24 AWG の銅導体の直流抵抗は 0.0842Ohm/m ですから、往復だと、この2倍になります。一方、送信機のインピー ダンスと受信機のインピーダンスが、それぞれ 100Ohm ですから、受信機の入力電 圧が直流で 1/2 に低下するのは、ケーブルの直流抵抗が 200Ohm になったときで すが、この点をケーブル長さの限界とすることにしたのですから、
ケーブルの長さの限界 = 200/(0.0842*2) = 1200 m (1)というわけで、上記の図と一致します。つまり、この領域は (b) の基準で決まりま す。
問題は、90kbps 以上の直線ですが、こちらは基準 (a) によるもので、ケーブルが 長くなるに従って、パルス波形の立ち上がりと立ち下がりが遅くなるため、速い伝 送ができなくなることを意味し、いろいろな長さのケーブルといろいろな伝送速度 で実験したら、こうなったというわけです。
しかし、実験的なデータとしては、
ケーブル長の限界 = 1.2e8 / s (m) (2) ここに、s = 伝送速度 (bit/s)という反比例の関係は、なんとも、すっきりしていて、「何らかの単純かつ強力な 理論的根拠がある」ことを暗示しています。つまり、単なる実験的、経験的法則と は思えないのです。
さらに、実験的データの欠点は、一般性のないことで、例えば、この規格にしても、 24 AWG の電話線という特定の1品種のデータを示しているだけで、
1) 他のサイズだとどうなるのか 2) 他の構造だとどうなるのかがわかりませんから、選択の指標としては、まことに心許ないものです。
果たして、(2) のような関係が、実験的経験的にしか説明のつかないもので、 「EIA-422-A」の作者や、これを引用したり孫引きした多くの著者のように理論的 根拠の追求をあきらめて、居心地の悪い「経験的」な世界に仮住まいするしかない のでしょうか。
これが今回の問題ですが、このあたりの記述を入れる良心が日本の規格にはない、 アメリカの規格の良いところです。日本の規格は、いかにも官僚国家らしい、天下 り主義、暗記主義になっていて、あまり役にたちません。
(注) 同様の実験データは、「EIA-423-A」等の規格とか、書籍ですと、例えば、
ジョン E. マクナマラ,-「コンピュータ・データ通信技術」 (CQ出版者)等、あちこちにもあります、孫引きの例としては、
宮崎誠一,-「データ通信技術セミナー」 (CQ出版) ISBN4-7898-3020-9といったところでしょうか。
平林 浩一