電流の謎 - 電流の速さ

電気が伝わるのは導体に流れる電流のためだと言われています。そして、電線の場 合は、導体内の自由電子の流れが、この電流を生みます。

さて、この導体内部の自由電子ですが、電線の導体材料として、もっとも一般的な 銅の場合、1 m^3 中の電子密度は、8.5e28 個ですから、例えば、長さ 1 m、外径 0.5 mm の銅線では、1.7e22 個という、莫大な自由電子が存在することになります。 銅は1価の金属ですから、自由電子の個数と銅イオン(原子)の個数は同じです。

ところで、この銅線の中の自由電子は、電流が流れない状態、つまり、電界中に置 かれていない場合も、1.3e6 m/S の速さでランダムな方向に動いています。この 速度は「フェルミ速度」と呼ばれ、絶対温度 0 度でも、ほとんど変わり無く存在 するもので、熱エネルギではなく、量子力学の不確定性原理に由来しますが、電流 は自由電子全体の平均的な流れ、つまり「偏流速度」(drift velocity) ですから、 この状態では、電流は存在しません。

ここで、導体の両端に電圧をかけると、自由電子は加えられた電界に比例して加速 され、どんどん速くなりますが、格子振動や格子欠陥、不純物に対する衝突により、 電界の方向とは違った向きに散乱され、電界方向の速度を失うため、無限に速くな ることはなく、一定の平均速度に落ちつきます。つまり、衝突は、一種の摩擦力と して機能します。

銅の場合、衝突から次の衝突までの時間間隔は 5.26e-45 秒で、自由電子の平均偏 流速度は、

  4.62e-3 (m/s)/(V/m)
になります。つまり、長さ 1 m の銅線の両端に 1 V の電圧を加えたとき、自由電 子の長さ方向の速度は 4.62 mm/S ということです。随分遅いものだと、びっくり しますが、電子の電荷は -1.6e-19 C ですから、この速さでも、先ほどの 0.5 mm の銅線だと、12.6 A の電流が流れることになります。それだけ、自由電子の数が 多いわけです。

さて、ここで考えてください。例えば、LAN 配線でよく使われる「10Base-T」のケ ーブルを 100 m 引き回して、規格ぎりぎりの 50 mV の差動電圧を加えたとします。 導体に加わる電界は、3.7e-5 V/m です。つまり、自由電子の平均移動速度は毎秒 1.6e-7 m にすぎません。時速 0.0006 m ですから、亀でも追い越せます。

電気を運ぶのが電流で、その電流は電子の流れだとしたら、この場合、電気の移動 速度も人の歩行速度と同じようなもので、人はいとも簡単に「LAN」配線を伝わる 電流を追い越すことができますから、電気は遅いと考えるしかなさそうです。

しかし、一方では、私たちは、電話や LAN 配線が航空機よりはるかに速く情報を 伝えるのを目の当たりにしますし、電灯のスイッチを入れると、はるか先のランプ が瞬時に点灯することも確認できます。

この遅い電流で、何故、こんなことが起きるのでしょうか。電気の速さとは、何な のでしょうか。電流が電気を伝えるというのは、本当なのでしょうか。

平林 浩一

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