電線の導体にに電流を流すと、導体の内部や周囲に磁場 (magnetic field) ができるということは、ほとんどの方がご存知だと思います。小学校で実験する 電磁石は、まさにこの事実によるものですし、電磁石の応用製品は、この 世にたくさん存在します。そして、この現象をあてにした、たくさんの装置が動いて いる以上、この法則が正しいことに疑問の余地はありません。
電流は周囲に磁場を作る
これはまた、電線の近くに磁石でできた、方角を知るためのコンパス(羅 針盤)を置いて、電線に電池と電球を繋ぐと、コンパスの針がふれることから、いと も容易に確認することができます。 磁場とか電場とか電磁場といった場 (field) の概念は、そう簡単なものではありませんが、とりあえずは、電荷や 磁石が生み出す空間の性質程度に考えておきましょう。
いずれにせよ、ほとんどの人が、電線に電流を流すと磁場ができることを 知っています。しかし、本当にわかっているのでしょうか。 知っていることとわかっていることの間には、天と地の開きが あります。次のような、ごく単純なケースで、この問題を考えてみましょう。
まず、電流が流れるというのは、導体の中を電子が動くということです。 歴史的な不運から、電流の向きは電子が流れる方向と逆向きということに決めら れてしまいましたが、このことそのものは、本質的な問題ではありません。実 際の導体の中の電子がどう動くのかを気にすると、量子論の複雑 な世界に足を踏み入れることになりますが、ここでは、この問題に目をつぶって、先 に進みます。
この電子の流れそのものは、見る人に相対的なものですから、我々が電線 の側で立ち止まっているとき、動いている電子も、我々が電線の側を、電子と同じ 速度と方向で走ってしまえば、我々から見る限り、電子は止まって見えま す。導体の中を流れる電子の速度は、そう早いものではありませんから、これは難 しい仕事ではありません。
電子が止まって見えるということは、我々から見る限り、 電流も存在しない ということになります。それでも磁場はできるのでしょ うか。もし、そうだとしたら、磁場を作るのに、電流など要らないのかもしれません。 それとも、磁場は消滅してしまうのでしょうか。私たちが、ちょっと動い ただけで、いとも容易に消滅する、はかなき存在?
平林 浩一, (C) 1995