伝送特性測定シミュレーション (1) - 基礎

1. 伝送線路の特性

1.1. 伝送線路モデル

伝送線路モデルとしては周波数領域モデルと時間領域モデルがありますが、 ここでは二次定数測定の理解で必要になる周波数領域モデルを考えます。

  Z0 = 純抵抗一定 .. 特性インピータンス (Ω)                 (1)
  γ = α + j*β  .. 伝搬特性                                (2)
  α = a1 * sqrt(f) + a2 * f .. 減衰定数 (neper/m)           (3)
     = Rhf / (2 * Z0) + ω * C * D                           (4)
  Rff = 導体の高周波抵抗 (高周波では周波数の平方根に比例)
  D = 誘電損率 (tanδ)
  β = ω/v + α  .. 位相定数 (rad/m)                        (5)
  v = c * Vr  .. 電磁波の位相速度                            (6)
  c = 2.99792458e8 .. 真空中の光速 (m/s)
  Vr = 速度係数 (0 < Vr <= 1)                                (8)
     = 1 / sqrt(εs)                                         (9)
  εs = 誘電体の比誘電率 .. ポリエチレンで 2.3
  ω = 2 * π *f  .. 角周波数 (rad/s)
  f = 周波数 (Hz)
高周波の伝送路は Z0(特性インピーダンス), α(減衰定数), β(位相定数)という3つの実数(二次定数)で把握できなすが、 高周波に於けるケーブル(電線)は割に簡単で、 通常の特性は上記の近似で充分まにあいます。 (注1)

電磁波の電場と磁場のエネルギ配分を決める 特性インピーダンスは同軸ケーブルだと 50 Ωが標準ですが、 これは電気特性の優れたポリエチレンなどの絶縁体を使うと、 同じ外径で最も損失が少なくなるためです。 映像機器や音響機器分野では 75 Ωがよく使われますが、 これは大昔の空気絶縁同軸ケーブル時代の最適インピーダンスに基づいた機器との 互換性を維持するための歴史的事情によるもので、 電線だけを考えると適切とは言えません。 平衡ケーブルの場合は 100 Ω程度が大いのですが、 これは構造的にこの値になってしまうためです。 昔のテレビジョン受信機ではアンテナとの整合がとりやすい 300 Ωとか 200 Ωが使われていましたが、かなり無駄の多い構造になります。

低周波に於ける特性インピーダンスは純抵抗からほど遠く、 実部、虚部ともに周波数により大きく変化するため、 実用的なパラメータとは言えず、R(抵抗) C(キャパシタンス) L(インダクタンス) G(コンダクタンス)の一次定数を使うことになります。

電磁波の減衰を決める減衰定数は導体中で発生するジュール熱と 誘電体中で発生する誘電体損失(発熱)が原因ですが、 前者は周波数の平方根に比例し、後者は周波数に比例します。 通常の同軸ケーブルの誘電体損失は極めて小さいため (3), (4) 式の第2項は無視できますが、 平衡ケーブルの場合は電磁場がジャケットを含む周囲物体にまで広がりますから、 無視できなくなります。 塩化ビニルコンパウンドなど通常の物質の誘電体損失は周波数に依存しますから、 3), (4) 式の第2項のモデルでは表現しきれないこともあって、 その場合は実態に即したモデルを用意します。

電磁波の伝搬速度(位相速度)を決める位相定数はケーブルのキャパシタンスと インダクタンスで決まり、 キャパシタンスを決める誘電体の比誘電率は ポリエチレンなど電気特性の良い誘電体なら周波数にほとんど無関係になり、 無歪伝送ができるのですが、 残念なことにインダクタンスのほうは 導体の表皮効果や他の導体の渦電流により周波数とともに僅かづつ減少するため、 完全な無歪伝送にならず、 パルス波形のような広帯域信号に歪を与える原因となります。 このインダクタンスの変化が (5) 式の第2項になります。

1.2. 入力インピーダンス

1図 伝送線路の入力インピーダンス

伝送線路の入力インピーダンスは次式で表現できます。

  Zin/Z0  = (Zt/Z0 + tanh(γ*l)) / (1 + (Zt/Z0)*tanh(γ*l))         (10)
  ここに、
	Zin = 伝送線路の入力インピーダンス (Ω)
	Zt = 伝送線路の終端インピーダンス (Ω)
	l = 伝送線路の長さ (m)
	tanh(γ*l) = tanh(α*l + j*β*l) = tanh(α*l) + j*tan(β*l)
線路長が無限大になると右辺は 1 になりますから Zin = Z0 です。 線路長が有限の場合は周波数が高くなるに従って、 Zin が周期的な変化をしながら Z0 に近付きます。 簡単ですから実際にシミュレーションしてみてください。 こういったところで手を抜くと理解するチャンスを捨てることになります。 グラフ化はこういった特性の理解には極めて重要ですが、 例えば、 フーリエ変換と線形システムの基礎 (2) - 例題 などが役にたつかもしれません。 インタネットにはこういった情報がたくさんあります。

終端短絡(Zt=0)と終端開放(Zt=∞)の場合は簡単で、下記のようになります。

  Zsc = Z0 * tanh(γ*l)                                               (11)
  Zoc = Z0 / tanh(γ*l)                                               (12)
  Z0 = sqrt(Zsc * Zoc)                                                (13)
  γ*l = atanh(sqrt(Zsc / Zoc))                                       (14)

1.3. 伝送特性

2図 伝送線路の伝送特性

伝送線路の入出力特性は次式で表現できます。

  V2/E1 = (Zt/(Zs+Zt)/(cosh(γ*l) + Z0/(Zs+Zt)*(1 + Zs*Zt/Z0^2)*tanh(γ*l))  (11)
  V1/E1 = Zin / (Zs + Zin)                                                   (12)
  ここに、
	Zt = 伝送線路の終端インピーダンス (Ω)
	Zs = 伝送線路の始端に接続された発信機の内部インピーダンス (Ω)
	V2 = Zt の電圧 (V)
	E1 = 発信機の出力電圧 (V)

1.3. Sパラメータ

3図 ネットワークアナライザ

ネットワークアナライザで 伝送線路を測定するときのSパラメータは下記で計算できます。

  S11 = (Zin1 - Zs) / (Zin + Zs)                         (13)
  S21 = 2 * V2 / E1                                      (14)
  S12 = 2 * V1 / E2                                      (15)
  S22 = (Zin2 - Zs) / (Zin2 + Zs)                        (16)
  ここに、
	Zs = 50 (Ω) .. ネットワークアナライザのシステムインピーダンス
	Zin1 = 線路の始終端にインピーダンスを Zs を接続したとき、
	       線路始端からみた線路の入力インピーダンス (Ω)
	Zin2 = 線路の始端にインピーダンスを Zs を接続したとき、
	       線路終端からみた線路の入力インピーダンス (Ω)
ケーブルの場合は方向性のない対称回路ですから、 始端と終端を交換しても同じ結果になって、 S11 = S22, S21 = S12 になります。

2. シミュレーションに使う言語

以上がわかると、線路定数(二次定数)測定、 Sパラメータ測定のシミュレーションや 伝送特性の計算ができますが、 プログラミング言語としては awk, c, c++, octave, scilab, perl, ruby, python などいろいろなものが使えます。 複素数を扱う場合は実数しか実装されていない awk が一番手がかかりますが、 この程度の計算ならそう面倒ではありませんし、 言語を覚えるのが簡単で、 BlackBox 部分がないため何をしているのかよくわかるのが利点で、 この教材ではawkを使うことにします。 以前の c の場合は

  typedef struct { double x, y; } complex;
と comlex を定義して、複素数演算を行う関数を作成しますが、 c99 や c++ など、始めから複素数が使える言語も多いです。

3. 注

注1 - 高周波の意味

この解説に於ける高周波の意味は、減衰が導体の渦電流で決まる周波数、 つまり、 減衰が周波数の平方根に比例する周波数という意味です。 周波数が低い場合は減衰が導体の直流抵抗で決まり、 周波数が高い場合は導体の交流抵抗できまります。 導体の交流抵抗は導体に生ずる渦電流が原因で、周波数の平方根に比例して増加します。

この意味での低周波と高周波の境界は

  fc = (Rdc / 2 / Z0 / a)^2                   (a)
  ここに、
	fc = 低周波と高周波の境界周波数 (Hz)
	Rdc = ケーブルの導体直流抵抗 (&Ohm;/m)
	Z0 = ケーブルの(高周波)特性インピーダンス (&Ohm;)
	a = ケーブルの構造で決まる定数
	α = ケーブルの減衰定数 (neper/m)
	        = a * sqrt(f) (neper/m)
	f = 周波数 (Hz)
で決まり、 境界周波数 fc の 10 倍を越える周波数なら高周波、 fc の 10 分の 1 以下の周波数なら低周波と考えます。 例えば JIS C 3501 の 3C-2V 同軸ケーブルなら Rdc ≈ 0.10 &Ohm;/m, a ≈ 1.53 * qsqrt(f) ですから、 fc ≈ 200 kHz 程度で、 JIS 規格が減衰を 10 MHz で規定しているのは妥当です。

a はケーブルの実測値で求めるか、理論計算で求めます。 自作でなければ製造者から教えてもらうほうが早いでしょう。

(a) 式は伝送理論 で得られる高周波近似

  α ≈ Rac / 2 / Z0
  ここに、
	Rac = ケーブルの(高周波)交流抵抗 (&Ohm;/m)
と前記のケーブルの減衰定数の周波数特性式から得られます。

平林浩一, 2016-04