ケーブルに沿って伝搬する電磁波には特性インピーダンス不一致点に於ける反射と 導体や誘電体中の発熱による減衰が発生します。 VNA(Vector Network Analyzer)は回路網理論(Circuit Theory)の S-parameter(Scattering parameter)を測定する装置ですが、 周波数領域の特性ですから、 時間領域の伝搬を考える分布定数線路理論の反射や透過、減衰の概念とは違うことに 注意が必要です。
VNA(Vector Network Analyzer) でケーブルの測定で得られる S-paramete とケーブルの二次定数(Scondary Parameter) の関係は次のとおりです。 (注1)
S11 = S22 = (Z0/Zs - Zs/Z0) * tanh(γ * l) / (2 + (Z0/Zs + Zs / Z0) * tanh(γ * l)) (1) S21 = S12 = 2 / (2 * cosh(γ * l) + (Z0/Zs + Zs/Z0) * sinh(γ * l)) (2) ここに Zs = VNA のシステムインピーダンス (Ohm) .. 通常 50 Ohm Z0 = ケーブルの特性インピーダンス (Ohm) γ = ケーブルの伝搬定数 = α + j * β α = ケーブルの減衰定数 (neper/m) β = ケーブルの位相定数 (rad/m) j = sqrt(-1) l = ケーブル長 (m)ケーブルには方向性がありませんから、 S11 と S22、S21 と S12 はそれぞれ等しいはずで、 誤差範囲を越える不一致があれば資料の接続方法などを見直さなければなりません。
S11, S22 は Z0 == Zs の場合を除いて、 分布定数線路理論の反射係数とは一致しません。 S11 には試料始端の反射波に加えて、 試料終端から戻ってくる無数の反射波が加わっているためです。
同様に S21, S12 についても Z0 == Zs の場合を除いて、 分布定数線路理論の透過係数とも一致しません。 試料終端からの透過波に加えて、 試料始端からの無数の再反射波が加わっているためです。
これら結果として、Z0 == Zs の場合を除いて、 S11, S21, S12, S22 の周波数特性には波打ちを生じます。 (注2)
(1), (2) からケーブルの二次定数を求めると、下記が得られます。
Z0 = Zs * sqrt((1 + S11)^2 - S21^2) / ((1 - S11)^2 - S21^2)) (3) γ * l = asinh((1 + S11)^2 - S21^2) * ((1 - S11)^2 - S21^2) / (2 * S21)^2 (4)
周波数特性の波打ちがない Z0 = Zs なら
γ * l = -log(S21)周波数特性の波打ちが目立たない S11, S21 << 1 なら
Z0 ≈ (1 + S11) / (1 - S11) * Zs γ * l ≈ -log(S21)となります。
ところで、
tanh(γ * l) = tanh(α * l + j * β * l) = (tanh(α * l) + j * tan(β * l)) / (1 + j * tanh(α * l) * tan(β * l))ですから、ケーブル長が 1/2 波長の倍数で β * l ≈ 2 * π のとき S11 は極めて小さくなって、 Z0 の測定はできないか困難になります。 つまり、ケーブルの特性インピーダンスを測定できません。 同様に、ケーブル長が短くて l << 1 の場合もZ0 の測定ができないか困難になります。
一方、伝搬定数、すなわち、減衰定数と位相定数の測定では、 この困難がありませんが、 ケーブル長が短いと測定精度は低下します。
つまり、VNA は短いケーブルの測定には不向きなのです。 どうしても測定したいときは、 減衰が十分大きくなるような長い試料を使うか、 ケーブル長を 1/4 波長の整数倍、つまり、 l = (2 * n + 1) / 2 π (n = 0, 1, 2, ..) になる周波数に於ける S11, S21 の値を使って計算します。 (注3)
なお、VNA による測定結果は通常 S-parameter の絶対値を 20*log(|S11|) などの電力比、偏角を度単位で表示していますから、 それぞれ元の大きさ(neper)と ラジアン(radian)単位に戻してから計算しなければなりません。
F-parameterを経由して変換すると容易に証明できます。 詳細は Sパラメータの基礎をご覧ください。
なお、試料始端と終端の電圧・電流を使った S-parameter 本来の定義
S11 = (V1 - Zs * I1) / (V1 + Zs * I1) S21 = 2 * V2 / (V1 + Zs * I1) S22 = (V2 - Zs * I2) / (V2 + Zs * I2) S12 = 2 * V1 / (V2 + Zs * I2) ここに、 V1 = 試料始端電圧 (V) I1 = 試料始端電流 (A) V2 = 試料終端電圧 (V) I2 = 試料終端電流 (A)と伝送線路の試料始端と終端の電圧・電流関係
V1 = cosh(γ * l) + cosh(γ * l) * Z0 * I2 I1 = sinh(γ * l) * V2 / Z0 + cosh(γ * l)) * I2を組み合わせて解く方法もあります。
ケーブルの入力インピーダンスと減衰がケーブル長に依存するため、 ケーブル始端と終端の反射量と透過量はケーブル長によって変化します。
詳細は 伝送線路理論の基礎をご覧ください。
短いケーブルの測定に不向きというのは、 伝送回路に於いて短いケーブルが無視できるということですが、 減衰が十分大きく、試料端の反射波がほとんど減衰してしまうような、 長いケーブルを使えば、γ * l → ∞ のとき
S11 = S22 ≈ Z0/Zs - Zs/Z0 S21 = S12 ≈ (2 / (1 + (Z0/Zs + Zs/Z0) / 2) * exp(-γ * l)になりますから、 特性インピーダンスと伝搬定数のいずれも、 VNA で誤差の少い測定ができます。
平林 浩一, 2018-11