対話と議論を拒否する塩尻市 - 「ひろば」も一方通行

塩尻市の奪い合い社会については 既に書きましたが、 最近、「(市民の皆さんの質問に答える)しおじり声のひろば」の 常会・区についてを見て、 いかにも塩尻らしいなと 感心しました。 友人の一人は「よそ者は来てほしくないから来るな」 という意味ではないかと言っていましたが、

  1. 塩尻市は多様性を認めない
  2. 塩尻市は転入者の疑問、主張を相手にしない
  3. 塩尻市は現状を変えるつもりはない
  4. 塩尻市は対話と議論を拒否する

といったところが非民主的な塩尻市らしいところです。

この「対話と議論の拒否」路線は、こういった回答だけでなく、 「しおじり声のひろば」というシステム自体にも反映していて、 市の「回答」に対する意見、議論を一切受け付けない一方的システムなのです。

投稿者が指摘する無駄の解決は難しいものではなく、 市の配布物などの仕事も、年金受給もあてにできなくなった高齢者を活かすとか、 一石二鳥の解決法はいくらでもありますが、 やる気がないので、拒否して終り。

それにしても、 対話や議論を認めない一方通行「ひろば」というのも変な概念ですから、 「システム変更は簡単で、お金がかかるものでもないし、 市の回答に意見を追加できるシステムにすべきではないか」 という意見を別途書き込んでみました。

しかし、その回答は、まったく回答になっていないもので、 当然私の提案は却下。 日本語による意志の疎通は無理みたいです。 議論を一切受け付けないのは個人のプライバシーを守るためだとか!

びっくりして「市と市長の公式見解か」と聞いてみたのですが、 間違いなく公式だそうです。 将来、twitter や facebook も考える予定とも書いてありましたが、 このようなテーマを twitter などで扱えるはずがありません。

塩尻市では以前、 全市民を常会に強制加入させるという条令を作ろうとしたことがあって、 私個人は実名で、 まさに、この常会に自殺にまで追い込まれた従業員の事例まで入れた、 反対意見を書いたことがありますが、 市の記録では私が書いたものをあちこち無断で書き換えていました。 結局、その法案は没になったようですが、 経過ははっきりしません。 前記の回答は、この復活戦でしょうか?

となると、 当然、前記の転入者の疑問は完全封鎖の対象で、 受け入れる余地がないと思われます。

一方、最近の研究、

  岡檀,- 生き心地の良い町
	(講談社) ISBN978-4-06-217997-3
で注目を浴びた徳島県海部町は塩尻市と正反対です。

多様性を認める民主的な社会が根底にあって、 日本でこういった社会構造ができたのが不思議ですが、 日本でも民主社会が作れるという実例になっています。

著者はについても、 塩尻市の常会のような排他的絆と、 多様性を認める絆にきちんと層別していることにも注意してください。 このあたりは、今の塩尻市の職員や市長には理解できないかもしれません。

これとは別に、最近和訳が出た

  Daron Acemoglu & James A.Robinson,- WHY NATIONS FAIL
	(Profile Books) ISBN 978-1846684302

  和訳は

  ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン,- 国家はなぜ衰退するのか
	(早川書房) ISBN978-4-15-209384-4, 978-4-15-209385-1
は、地域社会より広範囲の国家を対象に、 繁栄、衰退に至る理由を見出そうとする努力の一つで、 社会構造が extructive か inclusive かが命運を分けるという結論に達しています。 (注1)

塩尻市の姿勢はまさに、この extructive で、 為政者以外の人々にも生き心地の良い町になるのは無理ではないかと思います。

注1 - 和訳では extructive を「収奪的」、inclusive を「包括的」としていますが、 inclusive は著者たちが作り上げた概念で、 的確な日本語を見付けるのは難しいのですが、 基本的には多様性を基盤にした民主主義で、 包含的のほうが近いようにも思います。 一方、extructive のほうは排他的で多様性を認めない仕組みですから、 塩尻市を含めて、たくさんあって、容易に理解できます。