ワイヤー・ケーブルの遮蔽(シールド)

ワイヤー・ケーブルの用途のうち信号伝送の場合は、 歪みのない波形を大きな減衰なしで極力速く送ること以外に、 ノイズ混入の防止と外部環境への影響を減らすことが重要で、 古来いろいろなノイズ対策技術が開発されてきました。

以下、 ワイヤー・ケーブルの遮蔽(shield)技術に関する基本的解説を試みますが、 ワイヤ・ケーブルを外部のノイズから保護するための遮蔽と、 ワイヤ・ケーブルがノイズ源となって外部に妨害を与えるEMI(Electrimagnetic Interference)には可逆性があって、 遮蔽技術と妨害対策技術がまったく同じであることに注意してください。 どちらを考えても同じです。 (注1)

1. ノイズ混入の機構

ノイズ対策や遮蔽を考えるとき最も重要なのは、原理的に別の機構である、 ノイズ混入メカニズムを正確に把握することで、回路的に考えると次のようになります。

結合機構回路素子ノイズ源 標準対処法
導電結合共通インピーダンス結合 電流源、電圧源回路分離
静電結合相互キャパシタンス結合 電圧源静電遮蔽
電磁結合相互インダクタンス結合 電流源キャンセリング
電磁波結合放射電磁界結合 電磁波電磁遮蔽

これらは、いずれも機器の機能を記述する回路図には書かれない部分で、 物理的機構はまったく異なることに注意してください。 当然、対策もまったく違ってきます。

2. 導電結合 - 共通インピーダンス結合

1図 共通インピーダンス結合

アース線、アース板、プリント基板の GND パターン等、複数の回路が同じ回路素子を 共有する場合は、他の回路の電流が流入することによりノイズが発生します。直流や低 周波の場合は、アース線を太くするといった方法で共通インピーダンスを下げるのも容 易ですが、高周波になると、インダクタンス成分によるインピーダンスが周波数に比例 して増加しますから、無視しきれなくなります。

そのため、基本的な対策は回路分離になって、 回路毎にアース線を分離し、 1点アースで GND 電位を固定する方針が原則になります。

導電結合のうち、 ケーブル固有で面白いのが 同軸ケーブルの外部導体が共通インピーダンスになるケースです。

2図 同軸ケーブルの伝達インピーダンス (同軸ケーブルの断面図)

2図のように、 同軸ケーブルの外部導体に他の回路の電流が流れるケースはよくあります。 同軸ケーブルの外部導体は接地して使うのが普通ですから、 他のアース配線を含むループを避けるのは難しいですし、 外部導体がループにならなくても、 周囲に電磁波があれば、外部導体がアンテナとして機能し、 受信した電磁波による起電力で電流が流れます。 長いケーブルは良いアンテナになることを忘れないでください。

ところが、伝送される信号とノイズの周波数が大きくなると、 表皮効果により、伝送信号のほとんどが外部導体の内側表面、 ノイズ電流のほとんどが外部導体の外側表面を流れるようになって、 自動的に回路が分離されるのです。

高周波電流が導体表面のどの程度の厚さを流れるかは 表皮深さ(skin depth)と呼ばれる下記の指標が役にたちます。

  δ = sqrt(2 / (ω * μ * σ))
  ここに、
	δ = 表皮深さ (m) .. 電気銅(軟銅)なら 8.46e-2/sqrt(f)
	ω = 角周波数 (rad/s)
	   = 2 * π * f
	f = 周波数 (Hz)
	π = 3.14519265..
	μ = 導体の透磁率 (H/m) .. 非鉄金属なら 4e-7*π
	σ = 導電率 (S/m) .. 電気銅(軟銅)なら 5.8e7
	σ = 導電率 (S/m) .. 電気銅(軟銅)なら 5.8e7
驚くべきことに、 厚さ 1.6*δ の円筒導体の抵抗は同じ外径の円柱導体の抵抗と数 % しか違いません。 例えば、周波数 100 MHz に於ける軟銅線のδは 8.5 μm ですから、 如何にこの回路分離機構が効率的かがわかります。

もちろん、周波数が低くなると、伝送回路に分流するノイズ電流も増えますから、 このメカニズムの周波数特性を知っておく必要がありますが、 この目的で使われるのが 伝達インピーダンス(Transfer Impedance)と呼ばれる指標で、 下記のように定義します。

  Zt = Vt / I
  ここに、
	Zt = 伝達インピーダンス (Ohm)
	Vt = 外部導体表面に発生する単位長あたりの電圧 (V/m)
	I = 内部導体に流れる電流 (A)
信号電流がノイズ源となる他の回路にどれだけ影響を与えるかを考えていますから、 話が逆になりますが、可逆性がありますから問題ないし、 この定義だと他の回路を考えなくて済みます。

外部導体が円筒なら、電流分布がベッセル関数で表現できますから、 Zt を解析的に求めることができて、外部導体の厚さが内径に比べて十分小さければ、 下記のようになり ます。

  Zt / Rdc 〜 p * t / sinh(p * t)
  ここに、
	t = 外部導体の厚さ (m)
	Rdc = 外部導体の直流抵抗 (Ohm)
	p = (1 + j) / δ
	j = sqrt(-1)
周波数 0 なら Zt が直流抵抗に等しいのは当然ですが、周波数が高くなると、 急速に減少し、外部回路との漏話が少なくなります。

編組シールドの場合は素線間の隙間から内部の電磁界が外部に洩れるため、 外部導体表面と内部導体間の相互キャパシタンスや相互インダクタンスができて、 周波数に比例する伝達インピーダンス成分が加算され、 数 MHz 程度から Zt が周波数に比例して増加するのが普通です。 この対策としては、 ポリエステルフィルムで補強したアルミ箔を編組の下に入れるのが普通で、 曲げにくくはなりますが、GHz 帯域まで良好な特性が得られます。

同軸ケーブルの導電結合対策として、もう1つ面白いのが、 同軸ケーブルそのものをフェライトコアに巻き付けて、 外部導体を含むノイズ回路の自己インダクタンスを増や す同軸チョーク(Coaxial choke)という手法で、 この場合は、 同軸ケーブルの内部導体と外部導体の回路の電気特性に影響を与えることなく、 同軸ケーブルの外部導体と他の導体で構成される回路のインダクタンスだけを 増やすことができますから、 信号回路に影響を与えずにノイズ電流だけを減らすことができます。 コモンモード・ノイズ対策として良く使われる「コモンモード・チョーク」(Common mode choke)と同じ発想です。

3. 静電結合 - 相互キャパシタンス結合

3図 相互キャパシタンスによる静電結合

静電結合はノイズの起因となる電圧源により生まれた電界による静電誘導が原因ですが、 回路的には信号回路と他の回路との相互キャパシタンス Cm を通して他の回路から電流が流れ込むもので、 Cm はかなり小さいのが普通ですから、 そのインピーダンスは大きくて、 負荷 Zl から見るとノイズ源は定電流源となりますから、 回路のインピーダンスが大きいとき問題になります。

静電結合対策としては、高電圧源から離すとか、 回路のインピーダンス Zs を下げること以外に 静電遮蔽(electrostatic shield)という極めて有効な対処法があります。

4図 静電シールド

これは信号線を「(静電)シールド」と呼ばれる導体で囲って、 それを GND に接続することで、 ノイズ電流をバイパスする戦略ですが、 シールド導体と信号線のキャパシタンスに比べて シールドそのもののインピーダンスが極めて低いため、 このバイパス機構は実に有効に機能します。もちろん、シールド導体に隙間があれば、 その隙間を通して信号導体とノイズ源との間に相互キャパシタンスができて、 高い周波数でノイズ電流が増加します。

ワイヤ・ケーブルで使われるシールド構造としては、編組、横巻、導電テープが普通で、 隙間のない導電テープは価格も安くシールド効果も優れていますが 柔軟性がないのが欠点、横巻はたくさんの軟銅線を1列に巻き付けたもので、 柔軟で編組より隙間が少ないのが利点ですが、加工が難しくて、 1層だと高い周波数の漏話が増えることがあります。 編組は柔軟性とシールド効果のバランスが良く、 古くから同軸ケーブルの外部導体や多芯ケーブルの総合シールドに多用されてきました。 高い周波数に於ける隙間対策としては、 二重編組を使うとか ポリエステルフィルムで補強したアルミ箔との併用がよく使われます。

4. 電磁結合 - 相互インダクタンス結合

5図 相互インダクタンスによる結合

電磁結合はノイズ源の電流によって発生した磁束が信号伝送回路と錯交することで 信号回路に起電力を生ずるもので、 回路的には相互インダクタンスによる結合になります。 この場合はノイズが定電圧源になりますから、 ノイズの影響は低インピーダンス回路で大きくなって、 信号伝送路の送端を短絡してさえも負荷側にはノイズが現れます。 つまり、

という判定で切り分けができます。

信号回路にノイズ源から発生した磁界が入り込まなければ影響を受けませんから、 磁気シールドを考えたくなりますが、適切な磁性材料がありません。 そのため、電磁結合対策としては、下記の2つが使われます。

  1. 遮蔽導体中に発生する渦電流による誘導磁界の打ち消し
  2. 対撚や quad 構造による相互インダクタンスのキャンセリング(打ち消し)

前者は信号導体を導体で囲む点では静電シールドと同じですが、 シールド導体中に流れる渦電流によって、 シールドを貫通する磁界を打ち消す仕組みですから、見掛けは似ていても、 やっていることはまったく違います。静電シールド兼用にできる点で、 優れた仕組みですが、渦電流の少ない低い周波数では使えません。

後者は相互キャパシタンスと違って相互インダクタンスには符号があることを利用して、 大きさが等しく符号が反対の相互インダクタンスと組み合わせて、 回路全体の相互インダクタンスをなくそうという戦略で、 比較的低い周波数領域でうまく機能します。 高い周波数になると回路の浮遊容量の影響が大きくなって、うまくゆきません。

6図 対撚構造による電磁結合打ち消し (矢印はノイズの起電力の方向)

もっとも良く使われるのが対撚(twisted pair)構造で、 伝送路の往復2本の導体を一定のピッチで撚合わせることで、 1ピッチ毎に錯交磁界による起電力の方向を反転させ、 順次打ち消し合うようにするという戦略で、 回路的には1ピッチ毎にノイズ源との相互インダクタンスの符号を反転させることで、 相互インダクタンスを回路について1周積分すると 0 になるという仕組みです。 隣接ピッチ間で錯交磁束が同じでないと機能しませんが、 撚ピッチと導体間距離を小さくすることで、 隣接ピッチ間の錯交磁束を 0 に近い値にすることができます。 小さなピッチで撚合わせる工程にはかなりのコストがかかりますが、 柔軟性を犠牲にしなくて済むといった利点も多く、広範囲に使われている手法です。

なお、後でもう一度触れますが対撚線を平衡伝送で使う場合は 外部の誘導電圧源からの相互キャパシタンス結合が どちらの導体についてもほとんど同じになって、 電磁結合と同時に静電結合もキャンセルできる という一石二鳥の効果が得られます。 LANケーブルがシールドなしで使える理由がここにあります。

電磁結合を打ち消す手法は他にもいくつかあって、 大電流の調光装置の近くで使われるマイクロホンコードでは スターカッド(star-quad)を使う手法がよく利用されています。

7図 star-quad 接続による電磁結合打ち消し

これは、4芯ケーブルの向かいあった導体の両端をそれぞれ短絡して、 往復2導体として使うアイデアですが、8図の断面で、x 方向の磁束を考えると、 導体 1 と 2 のループに発生する誘導起電力と 導体 3 と 4 のループに発生する誘導起電力の方向が逆になって、 それぞれ打ち消し合います。

8図 star-quad 接続の断面と導起電力の方向

このキャンセリングは y 方向についても同じですから、 絶縁体厚の2倍程度という小さな幾何学的スケールで キャンセリングが行われることになって、 誘導磁界の不均一性に対してかなり有利になります。

ツイステッドペアの撚ピッチは、かなり細かく撚っても、絶縁体径の 20 倍ですから、 キャンセリングのメッシュの細かさは、ざっと 20 倍を越すことになって、 26 dB を越える改善が期待できるできることになります。

この導体構造と導体の組み合わせは 有線電話回線の重信回線(phantom circuit)と同じですが、 重信回線の場合は対角線に位置する2組の対それぞれを独立回線として使い、 さらに対角線に位置する導体を並列接続して3つめの回線にするという手法で、 大きな漏話を避けつつ、2対の電線で3つの回線を確保するという戦略ですから、 回線コスト低減策になります。 マイクロホンコードの star-quad 接続はコストアップ覚悟で 周囲回路との相互インダクタンスを減らす戦略ですから、まったく発想が違います。

キャンセリング機能の点で、さらに優れた構造は同軸ケーブルで、 同軸ケーブルと錯交する磁束が中心導体と対称である限り、 中心導体の両側の外部導体間との間に逆方向の起電力を生みだしますから、 極めて完全な誘導起電力の打ち消しが行われます。

電気抵抗 0 の完全導体でできた同軸ケーブルの場合はケーブル内部の電磁界がケーブ ルの外に出ませんから、電磁的には他の回路とは独立した宇宙が作れるわけで、可逆性 を考えれば、外部回路との相互インダクタンスも存在しないことがわかります。

5. 電磁波結合

静電結合の電界も 電磁結合の磁界も発生源からの距離の自乗に反比例して弱くなりますから、 ノイズ源から離れるに従って、影響は急速に少なくなります。つまり、 この2つの機構に起因するノイズ対策としては、 信号回路をノイズ源から離す戦略が極めて有効で、 これができないとき、シールドやキャンセリング技術を使うことになります。

一方、電磁波は単独の電界や磁界と違って、 距離の自乗に反比例して減衰せず、 距離に反比例して減衰するため、極めて遠くまで影響を与えることになって、 この性格が放送などの無線通信に利用されることになります。

この状況は回路の寸法が波長と比べて充分小さい、 微小ループや微小ダイポールから生まれる電磁界を調べてみるとよくわかって、 例えば、微小ループの中心を x-y-z 座標原点、 ループ面を x-y 平面に置いたときの電磁界は、下記のようになります。

  Hr = I*A/λ*(j/r^2 + λ/2/π/r^3)*cos(σ)
  Hσ = π*I*A/λ^2/r*sqrt(1 - (λ/2/π/r)^2 + (λ/2/π/r)^4)*sin(σ)
  Eφ = Z0*π*I*A/λ^2/r*sqrt(1 + (λ/2/π/r)^2)*sin(σ)
  ここに、
	r = 微小ループ中心からの距離 (m)
	σ = 原点から観測点を結ぶ直線と z 軸の角度 (rad)
	φ = 原点から観測点を結ぶ直線と x 軸の角度 (rad)
	Hr = 原点から観測点を結ぶ直線方向の磁界 (A/m)
	Hσ = 原点から観測点を結ぶ直線方と z 軸を含む面方向の磁界 (A/m)
	Eφ = x-y 面方向(ループ面)の電界 (V/m)
	A = ループ面積 (m^2)
	I = ループ電流 (A)
	λ = 波長 (m)
	   =  3e8/f
	f = 周波数 (Hz)
	r = ループ中心から観測点までの距離 (m)
	Z0 = 自由空間インピーダンス (Ohm)
	   = 120*π = 377
	j = sqrt(-1)
電磁界が大きい x-y 面(ループ面)について考えると、下記2つのケースに分かれます。
  1. 近接領域 (r << λ/2/π つまり r << 4.8e6/f の場合)
      H = I*A/4/π/r^3  (A/m)
      E = Z0*I*A/2/λ/r^2  (V/m)
    
  2. 遠方領域 (λ/2/π << r つまり r >> 4.8e6/f の場合)
      H = π*I*A/λ^2/r  (A/m)
      E = Z0*π*I*A/λ^2/r  (V/m)
    
近接領域では距離の二乗に反比例して弱くなる静電誘導と電磁誘導が主役ですが、微小 ループからの磁場は逆方向の電流が極めて近い場所にあるため、少し離れた場所の磁界 は打消しあって距離の3乗に反比例して急速に減衰します。遠方領域の電磁界は距離に 反比例してゆっくり減衰するため、影響は広範囲に及びます。

微小ループを直線上に数珠繋にすると、直線と直交する電流成分が打ち消しあって 0 になり、2芯平行線による伝送線路になりますから、微小ループの特性が、そのまま平 行線による伝送線路の性格になって、 波長と比べて導体間隔の小さい平行線の往復電流による 遠方領域の電界は、往復導体の面積を微小ループの面積で置き換えた値

  E = 120*π^2*I*s*h/λ^2/r  (V/m)
  ここに、
	E = 平行線の往復電流による遠方領域の電界 (V/m)
	I = 電流 (A)
	s = 平行線の長さ (m)
	h = 平行線の導体間隔 (m) .. h << λ
	λ = 平行線の往復電流の波長 .. 3e8*速度係数/周波数
	r = 平行線の中心軸から観測点までの距離 (m)
と一致します。

次に、微小ダイポールを中心が x-y-z 座標の z 軸方向で中心が原点と一致するように置いたときの電磁界は、下記のようになります。

  Er = 60*I*s*(1/r^2 - j*λ/2/π/r^3)*cos(σ)  (V/m)
  Eσ = Z0*I*s/2/π/r*(1 - (λ/2/π/r)^2 + (λ/2/π/r)^4)*sin(σ)  (V/m)
  Hφ = I*s/2/λ/r*(sqrt(1 + (λ/2/π/r)^2)*sin(σ)  (A/m)
  ここに、
	I = ダイポール(ワイヤ)に流れる電流 (A)
	s = ダイポール(ワイヤ)の長さ (m)
電磁界が大きい x-y 面を考えると、下記の2つのケースに分かれます。
  1. 近接領域 (r << λ/2/π つまり r << 4.8e6/f の場合)
      H = I*s/4/π/r^2  (A/m)
      E = Z0*L*s*λ/8/π^2/r^3  (V/m)
    
  2. 遠方領域 (λ/2/π << r つまり r >> 4.8e6/f の場合)
      H = I*s/2/λ/r  (A/m)
      E = Z0*I*s/2/λr  (A/m)
    
近接領域の電界が距離の二乗でなく3乗に反比例するのは正負の電荷が極めて近い場所 にあるダイポールという構造により、少し離れた点の電場を打ち消し合うためです。

微小ループと微小ダイポールの性格の違いは、電界と磁界の比 E/H (Ohm)、すなわち、 波動インピーダンス(特性インピーダンス)を比べてみるとよくわかります。 微小ダイポールの場合は、 近距離で波動インピーダンスが極めて高く、距離が離れるに従って小さくなって、 遠方領域では自由空間の波動インピーダンス (120*π) と一致します。一方、 微小ループでは逆に、近距離で波動インピーダンスが極めて低く、 距離が離れるに従って増加して、 遠距離では自由空間の波動インピーダンスと一致します。いずれにしても、 電磁波の発生源から遠く離れれば、自由空間の支配下になるが故に一致しますが、 近距離では正反対の性格が出るわけです。

外部回路との結合を考えると、 近距離に於ける微小ループと微小ダイポールでは電界と磁界の大きさが逆転するものの、 いずれも自由空間の波動インピーダンスとはかけはなれているため、 空間とのインピーダンス・マッチングが取れず、 アンテナとしての効率は良くありません。

一方、 ループ面積やダイポールの長さが流れる高周波電流の 1/4 波長に近付くにつれて、 近接領域の波動インピーダンスは自由空間の波動インピーダンスに近付いて、 アンテナとして有効に機能するようになります。ワイヤ・ケーブルは長いですから、 シールドがアンテナとして機能するのは日常茶飯事で、この対策としては、 一定間隔でフェライトビーズを挿入して、放射、 あるいは受信電流が流れにくくするのが普通です。

電磁波の遮蔽は導電率の高い筐体で回路全体を包み、 外部空間と筐体との間で発生する電磁波の反射と 筐体材料内部で発生する渦電流損失による減衰の併用が唯一の手段です。

このうち反射損失は自由空間と導体内部の波動インピーダンスの比で決まり、 下記のようになります。

  R = 20*log10(sqrt(σ/(ω*μ*ε))/4)
  ここに、
	R = 反射損失 (dB)
	σ = 導電率 (S/m)
	   = σs * 5.80e7 (S/m)
	σs = 導電率 (電気銅に対する導電率の比)
	μ = 透磁率 (H/m)
	   = μs * 4e-7 * π
	μs = 比透磁率
	ε = 誘電率 (F/m)
	   = εs * 1e7 / (4 * π * c^2)
	εs = 比誘電率
	c = 299,792,458 m/s (真空中の光速)
	ω = 角速度 (rad/s)
	   = 2 * π * f
	f = 周波数 (Hz)
減衰損失は先程の表皮深さと材料の厚さで決まって、 下記のようになります。
  A = 20 * log10(exp(t / δ))
  ここに、
	A = 減衰損失 (dB)
	t = シールド材料の厚さ (m)
	δ = 表皮深さ (m)

総合的な遮蔽効果は反射損失と減衰損失の和で、 反射損失は周波数の平方根に反比例して減りますが、減衰損失は高周波で急激に上昇し、 高い周波数ではこの機構によるシールドが有効に機能します。ただ、筐体に穴があると、 そこから電磁波が洩れますので、 開口部の対策をどうするかが大きな問題になります。

なお、電界の場合は、 シールド材料の外面での反射が大きいため減衰の効果は副次的です。一方、 磁界の場合はシールド材料内面での反射が大きく材料内部の減衰が重要性を増しますが、 入手できる材料の制限から、大きな減衰を得るのは困難です。ただ、いずれにしても、 導電率の高い材料が必要になることがわかります。

また、EMI(Electro-Magnatic Interference - 電磁妨害)対策としては、 シールドと対象とする回路の距離が逆転しますから、 遮蔽の場合は遠方領域、 EMIの場合が近接領域を考えなければならないことに注意してください。

6. コモンモード対策

9図 コモンモード電流(i3) - 周波数が高いので Cp のインピーダンスは低い

微小ループや微小ダイポールから生まれる電磁界を見ると、 遮蔽にせよEMI対策にせよ、 回路の大きさを波長に比べて十分小さくするのが最も効率的であることがわかりますが、 ケーブル伝送の場合は配線の長さが長いため、 不平衡(single end)伝送であれば同軸ケーブルを使うとか、 対撚電線を使ってループ面積を減らしながら、大地を帰路とする電流を減らしますが、 根本的な対策は差動(平衡)回路にして対撚電線を使い、 原理的に信号電流が大地を流れないようにするのが普通です。ただ、それでも、 どこかに回路の不平衡分は残りますから、一部の電流は大地を流れる、 いわゆるコモンモード(Common mode)成分ができてしまいます。

コモンモード電流が流れる面積は極めて大きいため、僅かな不平衡分であってさえ、 一般的な電磁妨害のほとんどを占めることになって、 高周波の伝送ラインではコモンモード電流をいかに減らすかが勝負どころとなります。

この対策としては、回路の平衡度を高めることと、フェライトビーズ、 フェライトコアなどのコモンモード・チョークが唯一の手段で、 最近の電子機器では多量に使われるようになりました。

コモンモード電流については、 ケーブルのシールドがまったく役にたたないことに注意してください。 太い導体は優れたアンテナになりますから、逆効果です。 電磁波を遮蔽したり、 EMI対策のつもりで施したケーブルの総合シールドが かえって被害を広げるケースは少なくありません。

LSIの進歩は電子技術に革命を起こしましたが、 ケーブル伝送に於いても差動ドライバ/レシーバの普及により、 9図のような差動伝送が広範な分野で使われるようになりました。

この場合は電磁結合を減らすために対撚(twisted pair)を使いますが、 差動伝送と対撚ケーブルの組み合わせでは 電磁結合と同時に外部電圧源とのキャパシタンス結合もキャンセル可能 になって、一石二鳥の効果が得られます。 LANケーブルにシールドが要らないのはこのためです。 (注3)

なお、電磁結合は高い周波数ほど大きくなりますから、 信号に含まれる高い周波数成分を減らす回路的対策も重要で、 パルス波形の立上りを遅くするとか、クロックに時間的揺らぎを与えて、 信号波形のスペクトル成分を分散させるといった手法もよく使われています。

7. 注

7.1. 可逆性 (注1)

共通インピーダンス、相互キャパシタンス、相互インダクタンスの可逆性は自明ですが、 アンテナを送信用と受信用に使用する場合も可逆になることが証明できて、遮蔽を考え る場合も放射を考える場合も同じであることがわかります。例えば、

  内田英成・虫明康人,- 超短波空中線
	(コロナ社) pp35-38, 47-50
を見てください。

7.2. 電磁結合と結線法

Milton, R.T.,- Design Handbook Electromagnetic Compatibility, N.Y., General Electric Co., 1963 の片端接地の1芯シールド線と対撚線、シールド付き対撚線につ いて、いくつかの結線法を比較したデータが面白いと思います。

このデータは、比較的低い周波数で、電磁結合(磁気シールド)を比較したものです。 (1) の比較基準は、シールド線のシールドを接地して静電結合を分離していますが、 アースを経由した大きなループがありますから、ノイズ源との電磁結合が大きく なっています。

(1) 0 dB (比較基準)

(2) -5 dB

(3) -57 dB

(4) -49 dB

(5) -64 dB

(6) -64 dB

(7) -71 dB

(8) -2 dB

7.3. 相互キャパシタンスのキャンセリング (注2)

不平衡回路に於ける相互キャパシタンス結合は実現不能ですが、 差動伝送の場合は、 誘導電圧源と差動伝送の2つの導体間のキャパシタンスが等しくなるように 導体を接地すれば、 往復導体の両方に同じ誘導電流が流れますから、 受端でそれらを引き算すれば 0 にすることができます。 つまり、 相互キャパシタンス結合の影響をコモンモードだけにしてしまうことができるわけです。

さらに、この二つの導体が対撚構造になっていれば、 誘導電圧源までの距離がある程度離れている限り、 いずれの導体も誘導電圧源までの平均距離が等しくなって、 どちらの導体も誘導電圧源までの平均相互キャパシタンスが等しくなります。

この状況を回路的に見ると下図のようになっていて、 電圧ノイズ源 En からの電流は導体 1 と導体 2 に、 それぞれ相互キャパシタンス C1 と C2 を通って流れ、 その後導体 1 と導体 2 の対地インピーダンス Z1 と Z2 を通って環流することになりますが、 C1 = C2、Z1 = Z2 なら導体間に発生するノイズ電圧 Vn が 0 になって、 ブリッジ回路(bridge circuit)の平衡がとれた状態になります。 つまり、ブリッジ回路による静電結合のキャンセリングが行われることになります。

対撚構造にシールドをかぶせた場合は、 シールドが誘導電圧源になりますから、 シールドと対撚導体とのキャパシタンスの平衡度が悪いと このキャンセリングが効かなくなりますので、 下記のCapacitance Unbalance(キャパシタンス平衡度) といった指標で管理することになりますが、 Capacitance Unbalanceにはいくつかの定義があって、 その値は規格によって異なりますが、 完全に平衡している場合は 0 になるように定義します。

  Cu = 400 * (Ca - Cb) / (2 * (Ca + Cb) - Cc)
  ここに、
	Cu = Capacitance Unbalance (%)
	Ca = 導体 2 とシールドを短絡したときの導体 1 とシールド間キャパシタンス (F/m)
	Cb = 導体 1 とシールドを短絡したときの導体 2 とシールド間キャパシタンス (F/m)
	Cc = 導体 1 と導体 2 を短絡したときの導体とシールド間キャパシタンス (F/m)
これは IEC 96-1 Radio-frequency cables の定義ですが、 ちょっとわかりにくいところがあって、 少し考えると
((導体 1 とシールド間部分容量) - (導体 2 とシールド間部分容量)) / (導体 1 と導体 2 間の実効容量の近似値)
であることがわかります。

7.4. シールド材料物性値の目安

材料σsμsσs*μsσs/μs
1111
1.0511.051.05
0.710.70.7
アルミニウム0.6110.610.61
黄銅0.2610.260.26
青銅0.1810.080.08
0.1510.150.15
0.0810.080.08
ニッケル0.2100202e-3
ステンレス(SUS-430)0.02500104e-5
炭素鋼(SAE 1045)0.110001001e-4
スーパーパーマロイ(1 kHZ)0.031e530003e-7

磁性材料は周波数特性が大きく、材料によるバラツキが極めて大きいため、あまり参考 になりません。

平林 浩一, 1972-05, 2009-11, 2016-05