当社の場合、電線の疲労や破壊データの解析や表示には、 「ワイブル分布」(Weibull Distribution)を使うことが多く、 よくご質問をいただきますので、その要点をご説明します。
電線の導体や絶縁体の破壊データの統計的性格は、 正規分布になりません。 つまり、正規分布を前提にした、平均と標準偏差の関係が役にたたないのです。 何故かというと、破壊現象は、 材料の最も弱いところにできた損傷が一気に拡大するというメカニズムですから、 材料の平均的な性格とは関係なく、最弱点だけで決まるためです。 具体的なイメージとしては、鎖の破断を考えていただくと納得できると思います。 鎖の強度は、個々の環の強度の平均値で決まるわけではなくて、 最も弱い環だけで決まります。
つまり、正規分布をもつ母集団から、その一部を抜きだしたとき、 最小強度の分布がどうなるか(注 1)を調べなければなりません。
この問題について、スウェーデンの技術者 W.Weibull は、 工学者らしい技術的直観を併用して、 下記の強度分布(強度が x 以上になる確率)を導き、 鋼鉄の許容限界応力の実測値とよく一致することを示しました。(注 2)
R(x) = exp(-(x - g)^m/s)g は「位置パラメータ」と呼ばれ、破壊に至らないストレスになります。 s は「尺度パラメータ」と呼ばれ、スケーリングを決定。 m は「形状パラメータ」と呼ばれ、分布の形を決定します。
この強度分布を持つ個々の鎖の環から構成される鎖全体の強度分布もまた、 パラメータの異なる同じ分布になって、 分布の形が保存されるという素直な性質があります。
後に、J.H.K.Kao が強度 x の代わりに故障時間 t を使って、 故障時間に対してワイブル分布を適用することを思い付いて、 現在の用法に到達しました。
ワイブル分布の確率密度関数 f(t) と、 累積確率 F(t) は次のようになります。
f(t) = (t-g)^(m-1)/s*exp(-(t-g)^m/s) (1) F(t) = 1 - exp((t-g)^m/s) (2)
この (2) 式の両辺で2度対数をとると、
log(log(1/(1-F(t)) = m*log(t-g) - log(s) (3)となって、
Y = log(log(F(t))) X = log(t - g)で変換すれば、Y=g(X) は勾配 m、切片 s の直線になることがわかり、 このグラフ用紙を「ワイブル確率紙」と呼んでいます。 つまり、ワイブル確率紙は、 x 軸を log(t)、y 軸を log(log(F(t))) でスケーリングしてあり、 これを使うと、ワイブル分布のパラメータが簡単にわかります。 また、故障データをワイブル確率紙にプロットしてみると、 複数の故障メカニズムの混在等も視覚的にわかって便利です。
1図 ワイブル確率紙
なお、位置パラメータ g はこれ以下では故障しないという値ですが、 時間軸の原点を g にすれば、
F(t) = 1 - exp(-(t/τ)^m) (4)と書くことができて、 τは「特性寿命」(characteristic life)と呼ばれています。
ワイブル分布の「MTTF」(mean time to failure, 次の故障までの平均時間)は、
MTTF = s^(1/m)*Γ(1/(m+1))ですが、これはτに近い値になります。Γ(x) はガンマ関数です。
(4) 式を見ると、m が 1 のときは偶発故障(故障率一定)の指数分布、 m < 1 なら初期故障(故障率が時間とともに減少)のガンマ分布、 m > 1 なら摩耗故障(故障率が時間とともに増加)になることがわかりますが、 このワイブル分布のパラメータの多さからくる多様性と、 信頼性工学や故障物理の実態によく馴染むのが、この分布の利点で、多くの領域で、 多様なデータ の蓄積があります。
より一般的に見ると、この種の最小値または最大値の分布は、 E.J.Gumbel らの研究により、「極値統計」(Statics of Extreme)として扱われ、 3種類に集約されることがわかっています。
ワイブル分布も、この極値分布の1つですが、 台風の最大風速、河川の最大水位、最高雨量、地震の最大震度等、 最大値・最小値が決定的役割を果たす状況は多いですから、 極値統計は極めて重要です。
E.J.Gumbel の著作、
E.J.Gumbel- Statics of Extreme (Columbia Press) 1960がこの分野の名著で、
河田竜夫・岩井重久・加藤滋男訳,- 極値統計学 (広川書店) 1963の和訳もありますが、今では入手困難と思われます。
W.Weibull,- A statistical distribution function of wide applicability (J.App.Mech., Sept., 1951)のアイデアの骨子は、次のとおりです。
n 個の環がつながった 1 本の鎖を考えます。 まず、鎖を構成する 1 個の環が加重 x で切れる確率を P(x)、 鎖全体が加重 x で切れる確率を Q(x) とすれば、 鎖が切れない確率 (1 - Q(x)) は、
1 - Q(x) = (1 - P(x))^nですが、ここで、P(x) を
P(x) = 1 - exp(-f(x))と書き換えると、
Q(x) = 1 - (1 - P(x))^n = 1 - exp(-n * f(x))と、鎖を構成する環の個数を初等関数の範囲で素直に表現できるというのが、 最初のひらめきです。
次に、f(x) をもう少し具体化するために、工学的条件を考えると、 まず、鎖の強度には正の最小値がありますから、 それを xmin とすれば、
f(x) >= 0 (x >= xmin) f(x) == 0 (0 < x < xmin)でなければなりません。
さらに、
(x - xmin)^m / x0 (m > 0, x0 > 0)が見つかって、
P(x) = 1 - exp(-(x - xmin)^m / x0)が得られるというのが、第2のひらめきになります。
平林 浩一, 2002-08-08