高損失同軸ケーブル (プローブケーブル)

通常の伝送路の目標は低歪み低損失低遅延ですから、 同軸ケーブルの損失は低いに越したことはないわけですが、 中には例外もあります。

その例外の典型がオシロスコープのプローブケーブルですが、 技術的解説も少なく、 たまにあっても間違っているものがほとんど(注1)ですから、 以下、要点を解説します。

1. オシロスコープ入力部等価回路

オシロスコープ(oscilloscope)のプローブ(probe)にはいくつかの種類がありますが、 古くから幅広い用途で使われてきたのが電圧測定用のパッシブプローブ (passive probe)で、 測定対象の回路への影響を少なくするために、 10 MΩ//12pF 程度の高い入力インピーダンスに設計されています。 「//」は並列(parallel)の意味です。

この並列キャパシタンスは高周波測定で大きな影響を与え、 使用可能な周波数上限を決めることになりますが、 通常 100〜200 MHz 程度、 高価な製品では 10 MΩ//4pF を実現して 500 MHz といったものも市販されています。

図1 - オシロスコープ入力部等価回路

図1で、C2 と R2 がオシロスコープ内部の入力インピーダンス、 R1, C1 と同軸ケーブル(coaxial cable)が部品としてのプローブになります。 同軸ケーブルの Z0 は特性インピーダンス、γは伝搬定数、 l は長さで、この 3 つで伝送特性が確定します。長さ以外は複素数です。 伝搬定数の実部が減衰量を決め、虚部が伝搬速度を決めます。

R1 と C1 はプローブの入力インピーダンスを高めるための部品で、 測定波形の波長に比べてケーブルの長さが無視できるとき、 つまり、ケーブルがキャパシタンス C0 と等価になるとき、 下記の関係がなりたつように設計します。

  C1 * R1 = (C2 + C0) * R2
この結果、 R1//C1 と R2//(C2 + C0) のインピーダンス比が周波数に無関係になって、 プローブ先端と CN の電圧比(分圧比)は下記のようにになります。 抵抗による分圧比とキャパシタによる分圧比が等しいことに注意してください。
k = R2 / (R2 + R1) = C1 / (C2 + C0 + C1)
ここに、
k = 1/10 (典型的な分圧比)
C0 = ケーブルのキャパシタンス (F) 
R2 = 1 MΩ (典型的な値)
C2 = 20 pF (典型的な値)
R1 = 9 MΩ (典型的な値)
分圧比 k は 1/10 が一般的ですが、 高電圧測定用の 1/100, 1/1000 もあります。

低電圧測定で分圧するのは不利ですが、 被測定回路への影響を減らすことを優先すると、 まず入力インピーダンスを高めなければならず、 測定の困難さとの妥協が必要になります。

C1 は少し周波数が高くなって、C1 や C0 + C2 のインピーダンスが R1 や R2 と比べて無視できなくなったときも同じ分圧比を維持するのが目的で、 可変キャパシタンスにして、 利用者が方形波を見ながら大きさを調整できるようにしてあるのが普通です。

質の良い(しかし機械的には弱い)プローブケーブルだと、 C0 〜 24 pF/m 程度の低キャパシタンスが得られ、 長さ 1 m で使う場合は C1 〜 5 pF、入力キャパシタンス (C0 + C2) * C1 / (C0 + C2 + C1) 〜 4.5 pF が実現できます。

CN はオシロスコープとプローブを接続する高周波コネクタですが、 比較的低い周波数ではBNCが広く使われ、 1 GHz を越える周波数ではSMAが一般的です。

2. プローブケーブルの長さが無視できないとき

以上はプローブケーブルの長さが無視できて、 ケーブルを C0 という集中定数のキャパシタとみなせる場合ですが、 ケーブルの長さを無視できるかどうかは、 ケーブルの長さとケーブルを伝搬する電磁波の波長の比較になります。 一般に、(ケーブルの長さ / ケーブルを伝搬する電磁波の波長) が 1/10 程度以下なら、 ケーブルを集中回路とみなすことができますし、それ以上になると、 分布定数回路として扱わなければなりません。 特にケーブルの長さがケーブルを伝搬する電磁波の波長の 1/4 に近付くと、 極端に大きな影響が出て来ます。

集中回路は常微分方程式、 分布定数回路は偏微分方程式で記述されますので、 その振舞はまるで違います。

ケーブルを伝搬する電磁波の波長は周波数と速度係数で決まり、

  λ = c * Vr / f
  ここに、
	λ = ケーブル中の電磁波の波長 (m)
	c = 2.99792458e8 = 真空中の電磁波の速度 (m/s)
	Vr = ケーブルの速度係数 (0 < Vr <= 1)
	f = 周波数 (Hz)
となります。

速度係数は誘電体の比誘電率で決まり、次の関係があります。

  Vr = 1 / sqrt(εs)
  ここに、
	εs = 誘電体の比誘電率 (1 <= εs)

速度係数(velosity ration) Vr はポリエチレン絶縁で 0.66、 発泡ポリエチレン絶縁で 0.82 程度ですから、 ポリエチレン絶縁の一般的な同軸ケーブルを 1.3 m で使うとしたら、 15 MHz 程度が限界で、これ以上の周波数成分を含む波形の観測は無理です。

例えば、さして速いとは言えない 10 MHz の方形波の観測に、 一般的な 50 Ωポリエチレン同軸ケーブル 1.3 m を使った場合を考えると、 送端側と受端側の電圧反射係数(注2)は、 いずれも 1.00 というほぼ終端解放の伝送路ですから、 両端でそれぞれ強烈な反射を生じます。 つまり、ケーブル中の電磁波のほとんどが、 ケーブル内部を行ったり来たりしているだけになります。

この反射がどの程度のものか、図1の回路と典型値の組み合わせで 出力インピーダンス 50Ωの方形波発信器の出力を観測するケースを spiceでシミュレートしてみた結果が図2です。(注3)

図2 - 50Ω同軸ケーブル 1.3 m をプローブケーブルとして使用

とても方形波には見えませんが、 同軸ケーブル内の電磁波が往復に要する時間(13 ns)を周期とした 反射波の存在がわかります。

3. 高損失同軸ケーブルによる反射波対策

上記のように、 一般的な同軸ケーブルを使って図1のパッシブプローブを作ると、 ごく低い周波数でしか使えませんから、 実用的なプローブを作るには、なんらかの反射波対策が不可欠です。

この対策にはいくつかの方法がありますが、 もっとも一般的な手法はケーブル中で反射波を減衰させてしまうという 単純なアイデアです。(注4)

このアイデアでは、反射波どころか肝心な信号波も減衰させてしまいますが、 プローブの場合は、もともと信号波形を 1/10 以上減衰させますから、 これが問題にならず、市販のプローブはすべてこの方法に基づいています。

次に、いかにして高減衰の同軸ケーブルを作るかが問題ですが、 高周波に於ける減衰は

  αhf = Rac / Z0 / 2
  ここに、
	αhf = 高周波に於けるケーブルの減衰定数 (neper/m)
	Rac = ケーブルの交流抵抗 (Ω/m)
	Z0 = ケーブルの特性インピーダンス (Ω)
ですから、Rac を増やすか Z0 を減らすことになります。

Z0 を減らすとキャパシタンス C0 が増え、 低周波の観測で負荷を増やしてしまいますから、 Rac を増やすのが原則です。

最も一般的なのは、導体抵抗の大きな中心導体を使う方法で、 導電率が低く細い導体を使います。 導体径を細くすると特性インピーダンス Z0 も増加しますが、 電気抵抗は導体径の自乗に反比例して急激に増加し、 特性インピーダンスは導体径の比の対数に比例してゆっくり増加するため、 Rac / Z0 はほぼ導体径の自乗に反比例して増加し、 おまけにキャパシヤンス負荷 C0 も減少します。 かくて、導体径を小さくする方法は極めて有効ですが、 抗張力など機械強度も低下しますから、 あまり細くすると取扱が難しくなります。

あれこれ勘案した結果が 0.09 mm 径程度のニッケル・クロム・アルミ合金線(Nickel Chromium Aluminum Alloy )を中心導体に使う方法で、 これが現在の標準になっています。 この合金は温度による抵抗変化が極めて小さく、 安定しているため、 精密抵抗の材料としてよく使われますが、 日本では(株)東京ワイヤー製作所の商標である カーマロイがよく知られています。

カーマロイの導電率は 7.5 G/m 程度ですから、 0.1 mm 径なら 170 Ω/m といった高抵抗が得られます。

そこで、導体抵抗 270 Ω/m、キャパシタンス 24 pF/m、 特性インピーダンス 170 Ωの同軸ケーブル 1.3 m を使ったプローブで 先程のspiceシミュレーションを行ってみると、 図3の結果になります。(注5)

ケーブルの損失による反射波抑圧効果は劇的で、 今度は観測波形が方形波であることがわかります。

図3 - 高減衰同軸ケーブル 1.3 m をプローブケーブルとして使用

ただ、この結果だと、方形波の電圧(peak-to-peek)が 1/10 になっていませんし、 波形の立上りにオーバーシュートが見られます。

この 2 つの問題は、C1 が正確に調整されていないのと、 プローブを伝搬する信号が、R1 -> Coax. -> R2 より、 C1 -> Coax. -> C2 のほうをより多く通ることと、 C2 が小さすぎることを意味しています。

図3 - 高減衰同軸ケーブル 1.3 m をプローブケーブルとして使用

4. 補正回路

立上りのオーバーシュートは、可変キャパシタンンス C1 の調整で対応できますが、 スケーリングを正しく行うには他の方法も必要で、 オシロスコープの入力インピーダンスと 同軸ケーブルの特性の両方を考慮する必要がありますから、 同軸ケーブル終端とオシロスコープ接続コネクタの間に、 図4のような補正回路を挿入するケースが多いようです。 通常はコネクタケースの中に実装されています。

図4 - 補正回路

ここでは、この補正回路の Cc だけを使って見ることにして、 C1 を調整した後で、C2 を若干変えて見ると、 図5の結果が得られます。(注6)

立上りが鈍るのは 同軸ケーブルの減衰と内部インダクタンスの周波数特性による位相歪と振幅歪が原因で、 この程度の歪は波形全体から見れば問題にならないレベルですが、 補正回路でさらに改善しているケースもあります。

図5 - 補正回路でスケーリング調整

以上がオシロスコープ技術の基本のひとつとなる、 パッシブプローブの技術的内容ですが、条件をうまく活かした、 シンプルかつ優れたアイデアであることがわかると思います。

こうして、500 MHz 程度までの広い帯域幅が実現できたわけですが、 さらに高い周波数の観測では、 同軸ケーブルのインピーダンス整合(matching)が不可欠で、 高い入力インピーダンスが必要な場合は、 オシロスコープの入力インピーダンスも 50Ωにして、 FET素子で50Ωに変換してから 50 Ω同軸ケーブルでオシロスコープに伝送するアクティブプローブ (active probe)を使うとか、 そこまで要らない場合は、 50Ωの同軸ケーブルを入力インピーダンス 50Ωのオシロスコープに接続して、 同軸ケーブル終端を無反射にした上で、 同軸ケーブル先端に 450Ωの直列抵抗を内蔵した 低インピーダンスプローブを使う程度で妥協する といった手法を選択します。

なお、50Ω系回路の負荷をオシロスコープで置き換えられる場合は簡単で、 入力インピーダンス 50Ωのオシロスコープと回路の出力を 50Ωの同軸ケーブルで 接続するだけで済みます。

5. 注

5.1. 注1- 間違いはどこにでもある

例えば、 書籍の一部だと思いますが、この説明だと、パッシブプローブのケーブルは

ということになりますが、瞬時に頭に浮かぶ疑問は、 特性インピーダンスとキャパシタンスの矛盾

高周波領域の特性インピーダンスは

  Z0 = 1 / (c * Vr * C)
  ここに、
	Z0 = 特性インピーダンス (Ω)
	c = 2.99792458e8 = 真空中の光速 (m/s)
	Vr = ケーブルの速度係数 (0 < Vr <= 1)
	C = ケーブルのキャパシタンス (F/m)
で、 Vr はポリエチレンで 0.66、発泡ポリエチレンで 0.82 程度、空気で 1.0 ですから、 特性インピーダンスが最も低くなる組み合わせ、 30 pF/m と 0.66 でも 168 Ωになって、 75Ω とは遥かにかけ離れた値になります。

次に、 「信号の共振を防ぐため」にケーブルの抵抗を増やしている というのも間違いで、 反射波を減衰させるためというのが真の目的です。

なお、カーマロイ線は表皮効果が大きいという説明を見たことがありますが、 実測してみても、導電率が低いため、同じ太さの銅線より侵入の深さが大きくなって、 表皮効果は少なくなります。 その結果、1 GHz の減衰が 1 MHz の 2 倍程度にしかならず、 表皮効果を考慮していないspiceLossy Transmission Line Modelでも、 良い近似が得られます。

5.2. 注2 - 電圧反射係数

電磁波は(特性)インピーダンスの不一致部分で反射 しますが、 電圧反射係数(reflection coefficient)は、 その反射の程度を進行波の電圧と反射波の電圧比で表現したもので、 下記の関係があります。

  ρ = (Zt / Z0 - 1) / (Zt / Z0 + 1)
  ここに、
	ρ = 電圧反射係数 (-1 <= ρ <= 1)
	Zt = 負荷(終端)インピーダンス (Ω)
	Z0 = 線路の特性インピーダンス (Ω)
同軸ケーブル終端側で計算すると、Z0 = 50, Zt = 1e6 (1 MΩ)なら ρ = 1.000 ですから、終端解放線路とほとんど同じで、 ほほ全反射になることがわかります。 始端側は 9 MΩですから、もっとひどくなります。

5.3. 注3 - 図2のspiceスクリプト

1図の回路で同軸ケーブルに 50Ω同軸ケーブル 1.3 m を使い、 出力インピーダンス 50Ω、 10 MHz 方形波発信器の出力を観測するときのシミュレーション例です。

同軸ケーブルの損失が無視できますので、 無損失線路(Lossless Transmission Lines)モデルを使っています。 パラメータの遅延時間(TD)は、下記のように求めます。

  TD = ケーブルの長さ / ケーブル中の電磁波の(位相)速度
     = ケーブルの長さ / (2.99792458e8 * Vr)
     = 1.3 / (3e8 * 0.66)
     = 6.57e-9
spiceはオリジナルの Unix 版 (FreeBSD の ports/cad/spice) を使っていますが、Linuxでも同じだと思います。

1 周期分見たいときは、tran 10P 100N と計算時間を伸ばします。

発信器の出力と比較したいときは、 plot v(1) v(4) など、複数の波形を指定します。 大きさがまるで異なる波形を比べるときは、 plot v(1)*0.1 v(4) などとスケーリングします。

同じ回路でパラメータを変えたときの応答を見たいときは、 スクリプトをエディタで修正しては、

  Spice .. -> source file-name
と source コマンドで読み直すのが良いでしょう。
Passive Probe with 50 Ohm coax
RS1 1 2 50
R1 2 3 9MEG
C1 2 3 15P
T1 3 0 4 0 Z0=50 TD=6.57N
C2 4 0 100P
R2 4 0 1MEG
VIN 1 0 PULSE(0V 1V 1NS 1NS 1NS 50NS 100NS)
.CONTROL
tran 10P 50N
plot v(4)
.ENDC
.END

5.4. 注4 - 高減衰ケーブルと TDR

ケーブルの大きな損失で反射波を減衰させるという作戦は実に効果的で、 この種のケーブルの反射特性を TDR で見ようとすると実に良く分かります。 5 m 程度の試料でも、まったく反射波が観測できません。

5.5. 注5 - 図3の spiceスクリプト

高減衰同軸ケーブルの場合は、無損失線路モデルでなく、 損失線路モデル(Lossy Transmission Line Model)を使います。

このモデルでは(およそ)周波数に比例するコンダクタンスによる損失と 導体の表皮効果による周波数の平方根に比例する抵抗の増加を考慮していませんが、 質の良いケーブルを 1, 2 GHz 以下で使うぶんにはコンダクタンスによる損失が無視できますし、 導電率の低い導体材料を使うと、 広い周波数範囲で減衰が大きく変わりませんから、 この解析条件であれば、表皮効果の影響もさほど大きくはありません。

Passive Probe with high attenuation coax
RS1 1 2 50
R1 2 3 9MEG
C1 2 3 15P
O1 3 0 4 0 PROBE
C2 4 0 20P
R2 4 0 1MEG
VIN 1 0 PULSE(0V 1V 1NS 1NS 1NS 50NS 100NS)
.MODEL PROBE LTRA R=270 C=24P L=0.72U LEN=1.3
.CONTROL
tran 10P 50N
plot v(4)
.ENDC
.END

5.6. 注6 - 図5の spiceスクリプト

補正回路を使ってスケーリングします。 ここでは Cc だけで済ませていますが、 広範な用途に対応するには、RC1, Rc2 も必要になります。

Passive Probe with high attenuation coax and compensation circuit
RS1 1 2 50
R1 2 3 9MEG
C1 2 3 15P
O1 3 0 4 0 PROBE
C2 4 0 104P
R2 4 0 1MEG
VIN 1 0 PULSE(0V 1V 1NS 1NS 1NS 50NS 100NS)
.MODEL PROBE LTRA R=270 C=24P L=0.72U LEN=1.3
.CONTROL
tran 10P 50N
plot v(4)
.ENDC
.END

平林 浩一, 2013-01-19