カタログデータの見方 - インダクタンス

電線のインダクタンスは、問題になることが少ないため(注1)、 仕様書に表示されないのが普通ですが、 稀に、この値がほしくなることもあって、以下、 カタログデータからインダクタンスを求める方法を解説します。

1. インダクタンスの意味

回路のインダクタンスは回路に蓄積される磁気エネルギを決定します。

  Wl = L * I^2 / 2                                               (1)
  ここに、
	Wl = 回路に蓄積される磁気エネルギ (J)
	L = 回路のインダクタンス (H)
	I = 回路に流れる電流 (A)
電流がなければ磁気エネルギも存在しないことに注意してください。 この理由は相対論を勉強すると明らかになります。

電線の場合は、インダクタンスを次のように分解して考えると、 すっきりとした理解ができます。

  L = Li + Le
  ここに、
	L = 電線のインダクタンス (H/m)
	Li = 電線の内部インダクタンス (H/m)
	Le = 電線の外部インダクタンス (H/m)
内部インダクタンスは 電線の導体内部に存在する磁気エネルギによるインダクタンス、 外部インダクタンスは 導体以外に存在する磁気エネルギによるインダクタンスです。

直流の場合は導体断面全体に一様な電流が流れますが、 交流の場合は電流の周波数が高くなるにつれて、 表皮効果(skin effect)により、 電流が導体表面に集中しますので、 内部インダクタンスも減少し、 電線のインダクタンスは外部インダクタンスに収束します。

つまり、内部インダクタンスと外部インダクタンスの分離は表皮効果の反映なのです。

なお、インダクタンスは閉じた回路に対して定義されることに注意が必要です。 (注2)

2. インダクタンスの概算

上記がわかれば、 電線のインダクタンスには周波数特性があって、直流のとき最大。 周波数の増加とともに減少して、 Le に近付いてゆくことが理解できますので、 インダクタンスが最小になる高周波の値と、 インダクタンスが最大になる直流の値がわかれば、 インダクタンスの概算ができます。 通常は数 10 MHz で、ほぼ Le になり、 高周波の値と直流の値に大きな違いはありません。

2.1. 高周波のインダクタンス

通常の電線であれば、数 10 MHz 以上の周波数で、 下記の関係が成立します。

  Z0 〜 sqrt(L / C)                                              (2)
  v 〜 1 / sqrt(L * C)                                           (3)
  Vr = v / c
      〜 1 / sqrt(εs)                                           (4)
  ここに、
	Z0 = 電線の特性インピーダンス (Ohm)
	v = 電線を伝わる電磁波の位相速度 (m/s)
	Vr = 電線を伝わる電磁波の速度係数 (0 < Vr <= 1)
	c = 真空中の電磁波の位相速度 (2.99792458e8 m/s - 定義値)
	εs = 電線の誘電体(絶縁物)の比誘電率 (1 <= εs)
電線の高周波特性としては、Z0 と Vr が重要で、 これが一定値にならないと使えませんから、 この 2 つは必ず規定され、規格値として表示されています。 高周波で使える電線は Z0 と Vr が周波数に関係なく一定でなければなりません。

(2), (3), (4) 式から、下記の関係が得られます。

  L = Z0 / (c * Vr)                                               (5)
  C = 1 / (c * Vr * Z0)				                  (6)

2.2. 直流のインダクタンス

電線のインダクタンスが最大になるのは直流の場合で、 非磁性の円柱導体なら

  Li = 0.05e-6  (H/m)                                             (7)
になります。2 芯の平行線なら、この 2 倍の値を (5) 式に加算すれば、 直流のインダクタンスが得られます。

円柱の場合は簡単な計算で解析解が得られますが、 その他の形状では、なかなかやっかいで、興味のあるかたは

Frederick W. Grover,- Indectance Calculations
(Dover Publicationx, Inc) ISDN 0-486-49577-9
を見てください。古典ですが、今でも入手可能です。

現代では、有限要素法などの数値解法を使うのが現実的で、 もし入手できるのであれば、

P.Silvester,- Modern Electromagnetic Fields
(Prentice-Hall, Inc.)
を見てみることをお勧めします。 著者は電気工学における数値解法の権威として著明ですが、 簡潔かつ明解という不思議な本です。

3. 注

3.1 注1 - インダクタンスが、あまり問題にならない理由

回路のキャパシタンスに蓄積されるエネルギは、

  Wc = C * V^2 / 2
  ここに、
	Wc = 回路に蓄積される静電エネルギ (J)                   (8)
	C = 回路のキャパシタンス (F)
	V = キャパシタンスの電圧 (V)
ですから、(1) 式と (8) 式を組み合わせると、
  Wl / Wc = (I / (Z0 * V))^2                                     (9)
ほとんどの電気回路では、ジュール熱(電流と電気抵抗による発熱)を減らすために、 大電流を避けますから、I << (Z0*V)、つまり、Wl << Wc が成立して、 インダクタンスよりキャパシタンスの影響が大きくなりますし、 電気ヒーターのように大電流を流す場合は、 インダクタンスより電気抵抗が大きいため、やはり、インダクタンスの影響は僅かです。

なお、やはり (1), (8) から得られる

  Wc * Wl = (V * I / (2 * Vr * c))^2                            (10)
の関係も、いろいろ考える問題を含んでいます。

3.2 注2 - インダクタンスの定義

インダクタンスは閉じた回路について定義されることに注意が必要です。 つまり、リード線のインダクタンスなどと言うものはありません。 この点については非常に誤解が多く、 IEEE規格においてさえ 間違った記述が見られます。

電線のインダクタンスは H/m 単位、つまり、単位長あたりで記述しますが、 これは往復 2 本の導体の両端を短絡し、 両端の影響を受けない十分長い試料で測定した値です。

インダクタンスを決める要因は回路の幾何学的配置と材料の磁気特性ですから、 電線のインダクタンスはノーマル・モードについてのみ規定されます。 ノイズ対策で大きな問題になるコモン・モードのインダクタンスやキャパシタンスは 電線の出荷時点では予測できないためです。