同軸ケーブル(coaxial cable)は不平衡伝送路(unbalanced line)ですから、 そのままでは差動信号(differential signal)用の平衡伝送路(balanced line)として は使えませんが、 下記のように2 本の同軸ケーブルを使うと平衡伝送ができます。 ここで、Es は信号源電圧、 Zs は信号源出力インピーダンス、Zl は受信器の入力インピーダンスです。
1図 - 複同軸を使った差動(平衡)伝送路
通常の差動回路では信号源の出力端子にも受信器の入力端子にも GND (接地)端子が ありますから、2 本の同軸ケーブルの両端の外部導体をそれぞれまとめて、 送信器と受信器の GND に接続し、中心導体を送信器の出力端と受信器の入力端に 接続します。
こうすると、いずれの同軸ケーブルも、内部導体に流れる電流は外部導体を通って 戻ることになって、同軸ケーブルの外には磁界が洩れません。 つまり、同軸ケーブルから見る限り不平衡伝送が行われることになります。
この状態では、 2 本の同軸ケーブルの外部導体に循環電流が流れているのですが、 同軸ケーブル外部に磁界が洩れず、 同軸ケーブルの外部導体間の電位も等しいため、 2 本の同軸ケーブル間には電磁結合も静電結合も存在しませんから、 2 本の同軸ケーブルの間隔を変えても伝送特性に影響がないことに注意 してください。
この循環電流が流れる理由は、 TEM波(transverse electromagnetic wave)と呼ばれる 同軸ケーブルを伝搬する電磁波の伝搬形態にあって、 同じ位置にある内部導体と外部導体の電流、 すなわち電荷が同じ大きさで逆符号になるためです。 この場合に限って、電磁波は同軸ケーブル内部を進むことができます。 Heavisideの電信方程式(telegraph equation)が、 2 導体の電流の方向を逆にしている理由も、ここにあります。
循環電流の存在は、磁気センサなどで同軸ケーブル外部の磁界を調べれば、 簡単に確認することができます。
もし、ここで同軸ケーブル外部導体と GND 間の接続を忘れると、 2図のようになって、同軸ケーブルの中心導体を導体にした 1 芯絶縁電線で 接続しただけになりますから、 同軸ケーブル特有の電磁界封じ込め機構が働かなくなって、 2 本の同軸ケーブルの間隔など形状配置に依存する複雑な電気特性を持つ 伝送路になってしまいますし、同軸ケーブルの外部導体がもつ シールド効果も失われます。
2図 間違った使いかた
なお、一部のアンテナや、シールドのないツイステッド・ペア(twisted pair)など、 確固とした GND 端子が存在しない部品もあります(注1)が、 この場合は3図のように接続しておけば、 実質的に1図と同じになります。
この場合は 2 本の同軸ケーブルの外部導体を循環する電流が流れますが、 その循環電流の大きさが 同軸ケーブル内部導体による磁界を打ち消すような値になります。 その結果、同軸ケーブルの幾何学的配置の影響を受けなくなるわけです。 (注2)
3図 一方に GND 端子がない場合
上記が理解できれば、4図でさえうまく動作することに気づくと思います。
4図 これでも大丈夫
なお、 この回路は電磁波伝搬を考慮していない通常の電気回路の概念では理解できません。
UHF テレビ受信のアンテナ、シールドなしツイステッド・ペアなど、 GND 端子のない平衡回路がありますが、 この場合はアンテナが設置された大地とか、 ツイステッド・ペアが存在する建物の導電性構造物が GND (基準電位)になっています。
差動型の TDR (Time Domain Reflectmetry) とか VNA (Vector Network Analyzer) などの計測器では上図の E1, E2, L1, L2 が同軸端子で出ているのが普通ですが、 これらに GND 端子のない平衡試料を接続するときも、 3図の方法を使います。 2 本の同軸ケーブルの終端をきちんと接続しておかないと、 2図の状態になって、ケーブルを少し動かすと特性が大きく変わるのが よくわかると思います。
オーディオ・マニアの方々から 「同軸ケーブルを XLR コネクタ接続に使えますか?」 というご質問をいただくことがありますが、 これも上記と同じ問題であることがわかると思います。
平林 浩一, 2012-08