通常の伝送線路(transmission line)は、下記のいずれかになります。
平衡線路はテレビジョンのフィーダのような2芯平行線(parallel-wire)とか、 LAN ケーブルのような対撚線(twisted pair)、 シールド付き対撚線(shielded pair)が一般的構造で、 安価なのが利点です。 一方、不平衡線路の代表が同軸ケーブル(coaxial cable)になりますが、 伝送特性が良い半面、高価になります。
以下、平衡線路を扱うための基本的事項を解説します。
1図 平衡線路の駆動
まず、相互インダクタンス Lm、相互キャパシタンス Cm で結合された、 無損失の2つの不平衡線路を考えることにして、 それぞれのインダクタンスを L1, L2、キャパシタンスを c1, c2 とします。 (注1)
線路の方向を z とすれば、線路上の電圧 V と電流 I には、 下記の関係があります。
(∂/∂z)[V((z)] = [L]*(∂/∂t)[I(z)] (1) (∂/∂z)[I(z)] = -[C]*(∂/∂t)[V(z)] (2) ここに、 [V(z)] = [ V1(z); V2(z) ] [I(z)] = [ I1(z); I2(z) ] [L] = [ L1 Lm; Lm L2 ] [C] = [ C1 -Cm; -Cm C2 ] C1 = c1 + Cm C2 = c2 + Cm行列とベクトルには数値計算プログラム Octave の記法を使うことにします。 (1), (2) 式は、 電圧、電流がベクトル、 インダクタンス、キャパシタンスがマトリクスになっている以外、 単一の不平衡伝送路の電信方程式とまったく同じであることに注意してください。 線路の損失 R, G を考慮する場合も、少し複雑になるだけで、まったく同じです。
v1, v2 が正弦波なら、交流理論を使って微分演算を代数化し、
k*[V(z)] = -j*ω*[L]*I(z) (3) k*[I(z)] = -j*ω*[C]*V(z) (4)
(3), (4) から電流を消去すると、
([A] + (k/ω)^2) * [V(z)] = 0 (5) ここに、 [A] = [L]*[C] = [L1*C1-Lm*Cm Lm*C2-L1*Cm; Lm*C1-L2*Cm L2*C2-Lm*Cm] (6)
(5) 式で V[z] が 0 でない解を持つためには、
det([A] + (k/ω)^2) = 0 (7)が必要で、 [A] の固有値と [V] の固有ベクトルを求める「固有値問題」になります。 det(x) は行列 x の行列式です。
(7) 式の k についての2次方程式を解いて、
k = +-j*ω*T+- ここに、 T+- = sqrt(((L1*C1-Lm*Cm)+L2*C2-Lm*Cm) +-sqrt((L1*C1-Lm*Cm-(L2*C2-Lm*Cm))^2 +4*(LmC2-L1*Cm)*(Lm*c1-L2*cm))/2) (8)となりますが、T は伝搬遅延時間です。 +- は + の場合と - の場合があるという意味です。(注2)
平衡線路の場合は、
L1 = L2 C1 = C2ですから、(7) 式は、
(L1*Cm - Lm*C1)*[1 -+1; -+1 1 ]*[V] = 0 V = v*[1 +-1] I = sqrt((C1 -+ Cm)/(L1 +- Lm))*[V] = i*[1 +-1] ここに、 v, i = スカラ定数となって、電圧と電流の固有ベクトルは
[ 1 1; 1 -1]の2つですが、前者を even mode 後者を odd mode と呼んでいます。 固有ベクトルですから、直交する(内積が 0)ことに注意してください。 相互の結合を考えなくて済みます。 (注3)
2図 eve mode
3図 odd mode
1図の任意の電圧 V1, V2 は
Ve = (V1 + V2) / 2 Vo = (V1 - V2) / 2と、これら2つのモードに分解できますから。、 平衡線路の場合は、 even mode と odd mode の電圧、電流関係、 つまり、even mode impedance Z0e と odd mode impoedance Z0o を調べておくだけで、 全ての状況に対応できます。
この2つのインピーダンスは、
Z0e = Ve / Ie Z0o = Vo / Ioですから、先程の結果から、
Z0e = sqrt((L1 + Lm) / (C1 - Cm)) Z0o = sqrt((L1 - Lm) / (C1 + Cm))となって、それぞれ、2図と3図のように、 Z0e, Z0o で終端すれば無反射になりますが、 even mode impedance は単独の線路より大、 odd mode imopedance は単独線路より小さくなります。
Z0e, Z0o や伝搬遅延時間の測定は、 TDR (Time Domain Refrectmetry) を使うのが簡単ですが、 インピータンス測定を元にするとか、 いくつかの方法があります。
平衡線路の基本的特性を考える場合は、 even mode と odd mode の概念が便利ですが、 実際に電気回路で使うときは、 odd mode の Vo と -Vo をフローティング電源で置き換えた「差動モード」 (differential mode) で使うのが普通で、4図のようになります。
4図 差動モード
差動モードの利点は、
Z0dif = 2 * Z0oであることに注意してください。
5図 コモン(同相)モード
電話の重信回線のように、 コモンモードと差動モードで別の信号を送るといった場合以外は、 コモン(同相)モードを意図的に作るわけではなくて、 意図しないのに「できてしまう」ものですが、 ノイズの発生と被害のほとんどが、 コモンモードの電流に起因します。 つまり、 信号は差動モード、ノイズはコモンモードになるのが普通です。
Z0com = Z0e / 2になることに注意してください。
1図の電圧 V1 と V2 は、
v1 = Vdif + Vcom v2 = Vdif - Vcomと分解できますから、 一般の伝送は、差動モードとコモンモードに分離すると取扱が楽になります。
伝送線路終端は電磁波の反射が起きないように、 特性インピーダンスと等しい抵抗で終端するのが普通ですが、 差動モードと同相モードの両方が必要で、 差動モードと同相モードの両方で無反射になるようにする場合は、 下記のいずれかを使います。
6図 無反射終端 (1)
7図 無反射終端 (2)
一般的な差動モードの伝送(平衡伝送)では、 コモンモードが無視できるようにしますので、 4図の終端で間に合うのが普通です。
短い伝送線路なら導体抵抗やコンダクタンスを無視して、無損失として扱えますが、 距離が長くて減衰が無視できないとか、 減衰や位相歪みが問題になる、 パルスの立上りを扱わなければならない場合は、 表皮効果や近接効果による、 導体抵抗とインダクタンスの周波数特性を考えなければなりませんし、 GHz 帯になると誘電体損失も考慮しなければならなくなる場合があって、 その場合は、(1), (2) 式の [L], [C] が R (導体抵抗), G (誘電体損失) を含む、複素数のマトリクスになります。
+-j*ω*T+- の最初の +- は電磁波の進行方向が2つ(前進と後退)あるため、 後の +- は
T+ = sqrt(L1 + Lm) * (C1 - Cm) T- = sqrt(L1 - Lm) * (C1 + Cm)の2つで、even mode と odd mode の伝搬に対応します。 つまり、一般には、これらの2つのモードの伝搬速度は同じになりませんが、 導体周囲の空間が同じ媒質で満たされている場合は、
L1 * C1 = L2 * C2が成立して、どちらのモードでも伝搬速度は同じになります。
ここではアースを含めて3線の伝送路を考えていますが、 より多くの導体を持つ「多線条」の伝送系を考える場合も同じで、 電圧、電流ベクトルと回路の定数行列の要素数が増えるだけです。
その場合も、固有ベクトルと固有値を考えることで、 多線条相互の結合をなくす(decoupling)ことができますから、 取扱が極めて簡単になって、 この手法は「モード解析」(modal analysis)と呼ばれます。
平林 浩一, 2007-06-29