電線雑談 - FM フィーダーアンテナ

1. 過去の FM フィーダーアンテナ

FM ステレオ放送はアメリカの GE と ZENITH が 1961 年、 日本のFM東海が 1963 年に開始されましたが、 当時のチューナ(受信機)のアンテナ入力端子は 300 Ohm で、 強電界地区の室内向けにフィーダーアンテナが付属していました。 このアンテナは今でも単独で市販されていますし、 FM チューナに付属していたりします。

1図 300Ωフィーダによる半波長折返しアンテナ

安価な TV 用 300Ωフィーダー (JIS C3330) だけで フィーダ長の自由な半波長折返しアンテナを作ってしまうという なかなかうまいアイデアですが、 かなり古い発明のようで、私には未だに発明者がわかりません。

自作も簡単で、まず、市販の TV 用 300Ωフィーダ (twin lead) を約 1/2 波長に切断し、 両端の導体を剥きだしてそれぞれ短絡して半波長折返しアンテナ (folded dipole) を作ります。 次に、片方の導体中央部を切断し、 フィーダ幅の半分の長さだけ導体を剥きだして給電部を作ります。 これが1図の上の水平部分です。 この給電部に同じ TV 用 300 Ohm フィーダを必要な長さだけ接続すればおしまいです。 1図の垂直部分になります。

最も基本的なアンテナ構造は 75Ωに近い入力インピーダンスを持つ 中央給電の半波長ダイポールアンテナ (half-wave dipole) ですが、折返し構造にすると、折返し部分の 導体径の選択で、かなり自由なインピーダンス変換(ステップアップ)ができて、 1図の場合は 4 倍のインピーダンス、すなわち 300Ω近い値になりますから、 300Ωフィーダとのインピーダンス・マッチングがとれるというのが技術的アイデアで、 以下、その内容を簡単に説明します。

まず、折返しのない半波長ダイポールアンテナの入力インピーダンスは、 導体径が十分小さいとき次式で近似できることがわかっています。

  Zin 〜 73.13 + j*(42.55 + 60*log(2*l/a)*k*Δ)
  ここに、
	Zin = 入力インピーダンス (Ω)
	l = アンテナの長さ / 2 (m) .. アンテナ中央から端までの長さ
	a = アンテナ導体の半径 (m)
	k = 2*π/λ
	λ = 波長 (m)
	π = 3.14159265..
	Δ = l - λ/2  (アンテナ全長と半波長の差)
	j = sqrt(-1)
通常はエネルギ効率を考えて Zin を純抵抗にするため、Δ をマイナス、 つまり、アンテナの長さを半波長より短くしますので、 入力インピーダンスは 73.13 より少し小さくなります。 (注1)

また、k の値は周波数によって変化しますが、 a が大きい程周波数によるリアクタンスの変化が小さくなりますから、 アンテナの導体径が大きいほど広帯域になることがわかります。 ピンとこない場合は、 l/(λ/4) に対する Zin のリアクタンス分の変化を計算してみてください。

一方、半波長ダイポールに沿って同じ長さの導体を配置して両端を短絡した 「折返しアンテナ」の入力インピーダンスが

  Zfin = 1/(p^2/Zin + 1/2/Zf)
  ここに、
	Zfin = 折返しアンテナの入力インピーダンス (Ω)
	p = log(s/a2)/log(s/sqrt(a1*a2)/2  (電流分配率)
	s = 導体間隔 (m)
	a1 = 給電側導体の半径 (m)
	a2 = 折返し側導体の半径 (m)
	Zf = j*Z0*tan(k*l)  (フィーダの損失が無視できるとき)
つまり、ダイポールアンテナの入力インピーダンスの p^2 倍と折り返し部分両側の ノーマルモードインピーダンスが並列接続された等価回路と等価になることが 比較的容易に証明できます。(注2)

このメカニズムは、 折返しアンテナの導体に流れる電流は電磁波を放射するコモンモード(同相)電流と、 電磁波を放射しないノーマルモード(逆相)電流に分解すると考え易いのですが、 p はコモンモード電流が給電側導体にどれだけ分配されるかを表していて、 下記の関係があります。 (注3)

  給電側導体の電流 / 折返し側導体の電流 = p / (1 - p)
給電側アンテナ素子の電流を変えられるということは、 給電側素子の入力インピーダンスを変えられる という意味でもあることに注意してください。

Zf はノーマルモードの電流による給電部から片側の往復導体(終端短絡線路)を見た ときの入力インピーダンスで、アンテナが半波長なら、この部分は 1/4 波長の 終端短絡線路の入力インピーダンスですから無限大になります。ただ、実際には上記の ように、アンテナ長を 1/2 より若干短くするため、無限大にはならず、Zfin に影響 を与えます。

折返しアンテナのアンテナとしての機能は2つの導体に流れるコモンモード電流に依存 するわけですから、実態としては、1導体の半波長ダイポールと同じで、 入力インピーダンスと実質的な導体径だけが変わることになって、 その等価的な導体半径が次のようになることが知られています。 (注2)

  log(A) 〜 (p*(log(a1) + (1 - p)*log(a2) + log(s)/2
  ここに、
	A = 等価導体半径 (m)
s を大きくすると A も大きくなって帯域も広くなりますが、波長に比べて無視できない ほど大きくしてしまうと、ループアンテナに近付いて、ノーマルモードの放射が無視 できなくなります。

折返しによるインピーダンスの変化は、Zf が無限大なら

  Zfin / Zin = p^2
で、p^2 を「ステップアップレシオ」と呼びますが、2つの導体径が同じなら P^2 = 4 です。

以上の結果から、折返しによって、半波長ダイポールアンテナの入力インピーダンスが 4 倍になるとともに、等価導体径も sqrt(s*a) 倍になることがわかりますから、 1図のフィーダアンテナで Zf による誤差を無視すれば、半波長折返しアンテナの 入力インピーダンスが、およそ 75Ωの 4 倍近い値になって、300Ωフィーダとの マッチングがとれるというアイデアが理解できると思います。

なお、アンテナの長さを求めるとき、 フィーダでは導体周辺のポリエチレン絶縁体により、 電磁波の速度が真空中より少し遅くなって、 波長も短くなることに注意してください。 すなわち、コモンモード電流に対応する波長を考慮しなければなりません。 また、Zf を決めるノーマルモードの波長も真空中より遅くなって、 コモンモードの波長とも一致しませんから、 Zf の式の k は Zin の式の k と一致しません。 (注4)

FM チーナ付属のフィーダーアンテナとか市販のフィーダーアンテナでは、 ノーマルモードの速度係数が 0.85 程度とかなり小さいため、 Zf の影響を考慮した設計が必要になりますが、 市販の製品では、こういったことまで考えていないようで、 かなりおかしな寸法になっているものが多いようです。 (注5)

また、壁に張り付けたりして周囲物体に近づけると特性はどんどん変わりますから、 取り付け方法まで考慮しないと、最適設計にはなりません。

2. Q マッチアンテナ

上記のフィーダーアンテナは長い間使われてきたのですが、1971 年に私が思い付いた 「Q マッチアンテナ」がこの分野に革命を起こしました。

2図 Q マッチアンテナ

これは、2図のようなシンプルな構造で、単に平行線の 1/4 波長分を引き裂くだけで 作れます。何故、これでうまくゆくかというと、それまで存在しなかった 150Ωの 平衡フィーダという新しい電線を引き裂き可能な平行線構造として実現したためです。

3図 150Ωフィーダの実現例

3図が当時開発した 150Ωフィーダで、導体は 7/0.18、 絶縁体材料はポリエチレンです。 (注6)

150Ωのフィーダがあれば、1/4 波長変成器(quarter-wave matching section)、 いわゆる「Q section」でアンテナの 75Ωと受信器の 300Ωのマッチングが取れますから、300Ωの入力インピーダンスを維持するように、 この先に同じ電線の延長で 1/2 波長フィーダを何段か従属接続することで、 いくつかのフィーダ長が実現できます。

1/4 波長の伝送線路でインピーダンス変換する Q(uarter) section とか、 必要な長さの終端短絡伝送線路路を伝送路に並列接続する Stub というマッチング手法は古くから知られていたのですが、

  1. 150Ωフィーダーが実用的寸法の引き裂き可能な平行線という構造で実現できること
  2. 1/4 波長の奇数倍長の平行線が FM 受信用フィーダーアンテナにとって都合のよい フィーダ長になること
に気づいた人がいなかったのです。

この発明の結果

  1. 劇的なコストダウン
  2. 信頼性の向上 (不良の多い半田付けが要らない)
  3. 小型軽量化
  4. 75Ωのアンテナも作れる (半波長ダイポールには自己平衡作用があるので不平衡回路に直結できる)
といった効果が得られて、ごく短時間で長年使われてきた 300Ωフィーダ利用の折返しアンテナを駆逐するという、 1つの電子部品を完全に置き換える珍しい歴史を残しました。

3. 特許の教訓

駆け出し技術者の目標の1つが特許ですが、この発明のきっかけは、当時の経営者 が赤井電機の下請けとして1図のフィーダーアンテナの図面を支給され、 加工品を納入しようとしたら、 赤井電機の受入検査部門が「このアンテナ寸法が正しいことを保証せよ」と言って きたそうで、その対応が私に回ってきたことにあります。 もともと先方が支給した図面ですから、こんな馬鹿な要求はないと思いますが、 意地悪な相手で常識や論理が通用しません。 仕方ないので、アンテナの原理を根本的に勉強することにして、 すべてを考え直しているうちに、上記のアイデアがひらめきました。 「いじめ」も役にたつ事例の1つでしょうか。

その後の特許申請では私の経験不足から、 たまたま DM を送ってきた駆け出し能力不足の弁理士さんを選んでしまって、 かなりの利益を捨てることになった後、さらに、販売で手こずりました。

まず、当社の営業が最初に持ち込んだのがソニーで、先方の技術者に 「こんなものは使えない」と言われて、さっさとあきらめてしまいました。 その後、東コードさんなど、いくつかの商社がセットメーカー への売り込みに成功して、当社でも販売できるようになりましたが、 購入側の性格もいろいろで、松下電器産業、 パイオニヤなど技術や特許を尊重してくれるところ、 ソニー、トリオ、ヤマハなど、即座にイミテーションを自社の下請けに作らせるところ、 日本ビクターのように「VTR で購入してやっているんだから、 オーディオ分野のイミテーションには眼をつぶれ」と駆け引きするところと、 いろいろあります。 ヤマハの特許部長からは、『訴えても負けるぞ』ということを私に教育すべく、 分厚い資料のコピーが送られてきました。

もちろん、そんなことはないわけで、後に、弁護士に依頼して、 こういった会社と交渉した結果、かなりの金銭的補償を得ましたが、 巨額の弁護士費用を払うと、当社に残るお金はわずかですから、 相手側の裁判費用や手間を秤にかけて特許を無視する作戦も有効なことは確かです。 最後は会社の体質でしょうか。

その後、何 10 年かしてから、

  岡野雅行,- 俺がつくる!
	(中経出版) ISBN4-8061-1760-9
を見たら、まさに、この実態を学習した結果として 『権利の半分を大会社にタダで譲って大会社に出願させる』(p16 - 18) という作戦が編みだされていて感心しましたが、 私自身はこの後いくつかの特許係争を経験してから、 特許からノーハウ重視に転換しました。

注1 - ダイポールアンテナの入力インピーダンス

抵抗分の変化まで含めた、より精度の高い値がほしいときは、次式を使います。ただし、 アンテナ長が 1 波長に近いときは使えません。

  R 〜 30 * (1 - (cot(k*l))^2*C(4*k*l) + 4*(cot(k*l))^2*C(2*k*l)
	+ 2*cot(k*l)*(Si(4*k*l) - 2*si(2*k*l))
  x 〜 30 * (-4*log(2*l/a)*cot(k*l) + (1 - (cot(k*l))^2 * Si(4*k*l)
	+ 4*(cot(k(*l))^2* Si(2*k*l)
	+ 2*cot(k*l)*(2*C(2*k*l) - C(4*k*l) + 2*log(2))
  ここに、
	Zin = R + j*X (Ω)
	k = 2*π/λ
	π = 3.14159265..
	λ = 波長 (m)
	l = アンテナ長 / 2
	Si(x) = 正弦積分
               x
	   = ∫(sin(t)/t)*dt
             0
	C(x) = γ + log(x) - Ci(x)
	Ci(x) = 余弦積分
               x
	   = ∫((cos(t) - 1)/t)*dt + γ + log(x)
             0
	γ = オイラー定数
	   = 0.577215664901532860606512..
この計算を行うコンピュータプログラムを書くときは、k*l が小さいとき級数展開、 大きい時は漸近展開を使います。 Si(), Ci() を求めるプログラムは、いろいろな本に出ていますから、 そういったものを利用してもよいと思います。

折返しアンテナ部分は通常の終端短絡伝送線路の入力インピーダンス計算で Zf を求めるだけ、 フィーダ部分の端から見た全アンテナ系のインピーダンスは、 終端に折返しアンテナの入力インピーダンスを接続した通常の伝送線路の 入力インピーダンス計算ですから、 順次計算を続けてゆけば 受信器から見たフィーダ込みのアンテナ・インピーダンスが得られます。

注2 - 参考書

アンテナの文献は無数にありますが、手元にある和書だと、下記が読みやすいと思い ます。ただ、今では入手困難かもしれません。最新の技術が必要なときは、新しい本 を見てください。

  内田英成・虫明康人,- 超短波空中線
	(コロナ社)

  虫明康人,- アンテナ・電波伝搬
	(コロナ社)

  遠藤啓二・佐藤源貞・永井淳,- アンテナ工学
	(総合電子出版社)

注3 - 折返しアンテナに流れる電流の向き

フィーダで作ったので、伝送路の用語である、ノーマルモード、コモンモードとしまし たが、アンテナとして考えるときは、同相、逆相のほうが素直だと思います。 アンテナ本来の機能である電磁波の放射に使えるのは同相成分だけです。 ノーマルモードから発生する磁界は相互に打ち消しあって遠方では急速に減衰します から。

注4 - 市販の 300Ωフィーダの特性

JIS C 3330 (テレビジョン受信用フィーダコード) では、 波長短縮率 85% を規定していますが、 近くの DIY 店で売られていた 1VHF の実測値は特性インピーダンス 309Ω、 速度係数 0.84 (波長短縮率 84%) でした。

JIS で規定しているのはフィーダのノーマルモード伝送の波長短縮率ですが、 Zf の計算で、これが必要になります。

アンテナ部分では JIS に規定のないコモンモード伝送の速度係数が必要ですが、 実測で 0.88 程度になります。一般に、 ノーマルモードの電磁波の伝搬速度とコモンモードの電磁波の伝搬速度は一致しません。

300Ωフィーダを使った折返しアンテナの同調周波数はコモンモードの速度係数と リアクタンス部分を 0 にするための半波長からの短縮に加えて、 Zf の影響も受けますが、最終的に 0.84 程度の短縮率になります。 日本の FM 放送は 76-90MHz を使いますから、中心周波数を sqrt(76*90) MHz として、 アンテナ部分の長さは 1.53m 程度です。

アンテナは基本的に共振回路ですから、帯域が狭く +-10% 程度の周波数帯域でしか使えません。 測定用などで広い帯域をカバーしたいときは、 対数周期アンテナ (log pediodic antenna) と呼ばれる自己相似型が使われ、 1:60 を越える帯域の製品も作られています。

こういった測定には、TDR やネットワークアナライザ、 インピーダンスアナライザといった今時の高級な計測器より、 簡単で歴史の古い「ディップメータ」のほうが優れていますが、 日本でも、 (株)三田無線研究所が製造を中止しましたし、 海外を含めて、自作するしかないようです。

ディップメータは一般の電子測定器に苦手な平衡回路にも使えて、応用範囲が広く、 実用的かつ失敗が少なくて、しかも、 物理や電気の基本的なメカニズムを理解するための教材としても優れた測定器ですから、 教材として活用する工夫もすべきだと思いますが、 日の丸と君が代がすべての今の文部省では無理な相談でしょうか。

フィーダ利用折り返しアンテナの共振周波数はインピーダンスアナライザに接続した コイルにアンテナを結合させて、コイルのインピーダンスの偏角を見るといった方法 でも測定できますが、ディップメータによる観測ほど明瞭ではありませんから、 そのつもりで見ないと見逃します。

注5 - 市販の FM フィーダアンテナの特性

この原稿を書いた時点で気になって、近くのヤマダ電機で売っていた Victor・JVC 製「CN-511B FM フィーダーアンテナ」という製品で確認したところ、 アンテナ全長 1.8 m、フィーダ長 2 m という設計でした。 FM 帯域の中心周波数を sqrt(76*90) = 82.7 MHz とすると、 中心周波数に於ける真空の波長が 3.63 m ですから、その 1/2 の 1.81 m が半波長になって、CN-511B はこの長さに設定したものと思われます。

しかし、最初に説明したリアクタンス分を 0 にするためのアンテナの短縮に加えて、 アンテナ導体周囲のポリエチレン誘電体による電磁波の波長短縮(速度低下)が ありますから、1.8 m では長すぎるわけで、 この製品の実測同調周波数は 69 MHz と、FM 帯域から外れています。 他の物体からかなり離れた室内空間に於ける測定ですから、 通常の使用条件だともっと低くなるわけで、 「FM アンテナ」と呼んでよいのかどうか首を傾げます。

CN-511B FM フィーダーアンテナの寸法をどう調整すればよいかは、 前記の式と説明から計算できますので、やってみてください。 インピーダンスアナライザで実測した結果を簡単な計算で再現することができます。

なお、上記「Q マッチアンテナ」の項で説明した製品も まだいくつか市販されているようで、 「AN-2」という製品を入手して測定してみましたが、 何とも不可思議な設計で、理解できませんでした。

注6 - 150Ωフィーダの特性

3図の構造で、下記の特性が得られます。

  特性インピーダンス: 150Ω
  速度係数: 0.74
  減衰定数: 1.6e-6 * sqrt(周波数(Hz)) Neper/m
引き裂いたアンテナ部分は Goubau Line(Goubau 線路)になって、 その速度係数は無損失の場合Bessel関数の解析解が得られ、 この構造だと速度係数は 0.97 程度になります。

半波長アンテナとして使う場合は、 リアクタンス 0 の長さの純抵抗にするため、 さらに短くする必要があって、 最終的に短縮率 0.92 になります。

平林 浩一, 2010-07-17