(理系のための)簿記と会計、経営指標

何をするにも、お金の管理が不可欠で、 そのための優れた発明(手段)である 簿記(booking)と会計(accounting)の知識はいかなる人にも必要ですが、 何故か義務教育からは除外されていますので、主として理系の人々のために、 簿記と会計の基本的なアイデアを解説してみようと思います。

1. 貸借対象表

多次元ベクトルとしての財産状態は時間の流れに沿って変動しますが、 ある時刻に於ける財産ベクトルの内容を貸借対象表として表現します。 このベクトルの要素(勘定科目)については。順次説明してゆきます。

貸借対象表(balance sheet - B/S)は 資金の使途を左側、資金の出処を右側に並べたもので、 左側を借方(debit)、右側を貸方(credit)と呼びます。 ほとんどの人々は借方と貸方が逆だと感じますが、 これは銀行業から見たときの命名になっているためです。

財産には資金の使途としての資産(asset)、 資金の出処としての負債(liability)と資本(shareholder's equity)が ありますが、 これらの現金化に要する時間の長短から、 短期(current)と長期(long term)に分類し、 およそ1 年で現金化できるものを流動資産(current assets)、 現金化に 1 年以上かかるものを固定資産(fixed asset)と呼びます。

1 年という時間は決算(book closing)期間に対応していますが、 支払など月単位のお金の動きも考える必要がありますから、 流動資産のうち1 月以内で現金化できる当座資産(cash and cash equivalents)と、 1 月以内に現金化ができない棚卸資産(finished products and work in process)、つまり在庫品に分けると、 下記のような貸借対照表ができあがります。

貸借対照表
借方貸方
流動資産当座資産流動負債
棚卸資産固定負債
固定資産自己資本資本金
剰余金

以下の解説では、たったこれだけの分類でほとんど間に合いますが、 実務では、さらに管理対象毎に細分化し、例えば、 当座資産は現金・預金、売掛金、受取手形、短期貸付金など、 棚卸資産は製品、仕掛品、原材料など、 固定資産は建物、建物付属設備、構築物、機械装置、車両運搬具、 工具器具備品、土地、長期貸付金など、 流動負債は買掛金、支払手形、未払費用、預り金など、 固定負債は長期借入金、社債などに分割します。

取引銀行が複数あったりすると、さらに、現金・預金が小口現金、 A 銀行当座預金、 B 銀行定期預金などと細分化されますが、 これらの分類が勘定科目(account)と呼ばれ、 財産ベクトルの次元になります。

また、売掛金や買掛金は相手先毎に管理しなければなりませんし、 在庫品は品目毎に管理しなければなりませんから、 補助元帳(auxiliary ledger)と呼ばれる、 売掛金元帳(accounts receivable ledger)、 買掛金元帳(accounts payable ledger)、 在庫元帳(stock ledger)を併用します。

自己資本は株主が払い込んだ資本金と、 これまでの利益から積み立ててきた剰余金の合計ですが、 剰余金には商法で決められた利益準備金などが含まれます。

貸借対照表は資金の出処と使途を左右に記載したものですから、 借方と貸方の合計金額が等しいわけで、 この合計値は総資産と呼ばれ、 経営組織が運用する全資産になります。

貸借対照表を作成するためのデータが仕訳(journalizing)と呼ばれるもので、 財産状況が変わる都度、例えば、

  現金 当座預金    1000000	# 当座預金から 100 万円引き出した
  当座預金 現金    1000000	# 当座預金に 100 万円入金した
  当座預金 売掛金   500000	# 販売先が 50 万円の支払った
  ..
といったデータを仕訳帳(jounal book)と呼ばれる帳簿に順次追記し、 同時に勘定科目毎の集計を行う総勘定元帳(general ledger - G/L)と呼ばれる帳簿と補助元帳に転記します。 これを手作業でやるのは繁雑で、転記や計算のミスを見付ける手段として、 借方と貸方の合計が一致しているかどうかの確認を行っていましたが、 今はコンピュータに任せますので、往年の苦労はありません。

勘定科目には、貸借対照表に含まれない、 売上などの収益や運賃などの経費がありますが、 これらは損益計算書の説明で触れることにします。

なお、総勘定元帳の残高と合計値は行列表現ができますから、 行列簿記(matrix-book-keeping)という手法も生まれています。

1.2. 経営指標 (1)

前記の簡単な貸借対照表の財産を比較してゆくだけで、 重要な経営判断ないし事業設計ができます。

一般に比較の仕方としては減算でを求める方法と、 除算で比率を求める方法の二つがありますが、 比率のほうが、はるかに有効で、 同じもの同士の比較では通常 % 表現を使います。

1.2.1. 自己資本バランス

  自己資本比率 = 自己資本 / 総資産
総資産に対する自己資産の割合を自己資本比率と呼び、 経営の安定性を判断するための重要な指標になります。 自己資本が少ないと販売先の倒産、自然災害などのリスクに対応できなくなりますし、 設備などの投資も困難です。

1.2.2. 借入金バランス

  借入金比率 = 借入金 / 総資本
自己資本が少ない場合は借入金に頼ることになりますが、 一般に 30 % を越えると、かなり危険な状態になります。

1.2.3. 流動資産バランス

  流動比率 = 流動資産 / 流動負債
流動負債は短期間で返済しなければならない資金、 流動資産は短期間で現金化できる資産ですから、 この比率が 1 を下回っていれば、支払い不能になって倒産します。

どの程度の余裕があれば生き残ってゆけるかというと、 一般に 120 % 以上であれば存続可能であることが知られています。

1.2.4. 当座資産バランス

  当座比率 = 当座資産 / 流動負債
流動資産の中には売れなければ現金化できない在庫品のようなものもあって、 目先の確実な支払能力としては、 流動負債に対する当座資産の割合を考えるほうが確実で、 これが 100 % を越えていれば当面の支払いは可能になります。 企業の蓄積が少ない時代だと、 80 % 以上なら大丈夫だろうという判断も使われていました。

1.2.5. 固定資産バランス

  固定比率 = 固定資産 / 自己資本
土地、建物、機械装置などは現金化に長い年月を要しますから、 自己資本でまかなうのが原則で、 この比率は 100 % 以下でないと危険です。 しかし、何故か、この原則を無視して倒産する事例に事欠きません。

1.2.6. 固定長期適合率

  固定長期適合率 = 固定資産 / (自己資本 + 長期借入金)
固定資産を自己資本でまかなえない場合は、 不足分を長期借入金でまかなうという手法もあって、 この場合は固定長期適合率を考えます。

長期借入金の返済時期までに十分な収益があれば成り立つ戦略ですが、 確実な長期見通しを得るのは至難の技で、 博打になるのが普通です。

2. 損益計算書

貸借対照表は時間軸上の横断面データで、残の管理になりますが、 損益計算書(profit-and-loss sheet - P/L)は時間の異なる 2 つの貸借対照表の 差分になります。

これが必要になるのは、 企業が継続するかめには利益(profit)が不可欠だからです。 株主に配当しなければ出資してくれませんし、 建物や設備の更新も必要で、これも利益がなければできません。 収益を上回る経費を使えば、支払い不能で倒産します。

損益計算書の一般的形式は次ぎのとおりです。

  売上高
- 売上原価
 -----------
  売上総利益
- 一般管理販売費
  --------------
  営業利益
+ 営業外収益
- 営業外費用
  ----------
  税引前純利益
- 法人税
  ----------
  税引後利益

販売業売上原価(cost of sales)は簡単で、仕入だけですが、 製造業の売上原価は製造原価(cost of manufacture)と呼ばれ、 材料費、外注加工費、労務費、福利厚生費、(製造のための)経費の合計で、 この経費としては、原価償却費、電力費、水道費、運賃、荷造費、修繕費、消耗品費、 賃借料、保険料、租税公科(税金)など多くの勘定科目があります。 なお、分類しきれないものは雑費で対応します。 原価償却費は将来の建物や設備の更新に備えて、 毎年一定額を積み立ててゆくものですが、 出費を伴わない費用なので、自己金融(self-finance)と呼ばれ、 将来の投資資金の一部になります。

一般管理販売費は管理と販売で必要になった経費で、 管理や販売に従事した人々の人件費、福利厚生費、旅費交通費、通信費、原価償却費、 事務用品費、広告宣伝費、支払手数料、支払報酬、交際費などがあります。

営業外収益(non-operating income)は預金の受取利息や雑収入など、 営業外費用(non-operating expence)は支払利息、雑損失など、 事業に直接関連しないものが含まれます。

最後に利益に課税する法人税を引いた残りが企業に残る利益で、 ここから株主への配当と将来の投資やリスクに備えた剰余金を捻出することになります。

損益計算書の作成は、 総勘定元帳から損益性科目(収益科目と費用科目)を抜き出して作成するのが普通で、 この借方と貸方の差額が貸借対照表の純利益(純損失)になります。

なお、損益科目が関係する仕訳は、例えば、

売上高     製品          5000		# 製品 A を B 社に 5000 円で販売
通信費     当座預金     10000		# 電話料金の自動引き落とし
定期預金   受取利息       120		# 定期預金の利子収入
といったものになることは容易にわかると思います。

2.2. 経営指標 (2)

貸借対照表は財産に着目した残の管理ですが、 損益計算書は損益科目の合計の管理になります。 この二つの管理は非常に重要で、 管理とは残と合計の管理だと言ってしまってもよいほどです。

合計を求める期間は短すぎても長すぎても傾向が把握できなくなりますが、 原則として一年間の合計で考えます。

2.2.1. 収益性

  総資本利益率 = 税引前純利益 / 平均総資本
  ここに、
	平均総資本 = (前記末総資本 + 当期末総資本) / 2
資金を効率的に使ったかかどうかの判定でよく使う指標ですが、 銀行利子より低い場合は、無駄に使ったと考えるしかありません。

この指標の意味は下記のように分解すると、よくわかります。

  総資本利益率 = 税引前純利益 / 平均総資本
               = (税引前純利益 / 売上高) * (売上高 / 平均総資本)
(税引前純利益 / 売上高)は売上高利益率と呼ばれ、 販売した製品の平均的な利益率を表します。利益率については、さらに
  売上総利益率 = 総利益 / 売上高
  売上営業利益率 = 営業利益 / 売上高
  売上税引後利益率 = 税引後利益 / 売上高
同業者や自社の過去の数値と比べることで、 売上そのものが低いとか、製造原価が高いとか、 管理販売費が大きすぎるといったことがわかりますので、 改善すべき点もわかってきます。 同業者の値は、いろいろな機関が調査公表しています。

一方、(売上高 / 平均総資本)は投下した総資本というお金が、 いろいろな資産や経費に変わって、 最終的に売上としてお金に戻るまでの速度を表しますから、 総資本回転率(total asset turnover)と呼ばれます。 経営というのはお金をいろいろな用途に使って、 再度お金に戻す操作(operation)と見ているわけです。 例えば、総資本回転率が 2 なら、一年間にお金が二回転したと見ることになります。

このように考えると、利益を増やす方法として、 高く売れる製品を生み出す以外に、生産期間や在庫期間、 販売代金の回収期間を短くするといった方法もあることがわかって、 一般に、総資本回転率 2 以上が目標になります。

この回転率の細部を調べるために、下記の指標も良く使います。

  原材料回転率 = 原材料在庫 / 月平均材料費
  仕掛品回転率 = 仕掛品在庫 / 月平均売上高
  製品回転率 = 製品在庫 / 月平均売上高
これらは通常 0.5 が目標になります。つまり、在庫は半月分にしたいという意味です。

売掛金の回収については、下記の指標がよく使われます。

  (売掛金 + 受取手形 + 割引手形) / 月平均売上高
目標値は 3 以下が多いです。

同様に自社の支払いについても、下記の指標を考えます。

  (買掛金 + 支払手形) / 月平均仕入(原材料、外注費、消耗品費)

固定資産についても、下記の回転率を評価します。

  固定資産回転率 = 年間売上高 / 固定資産

前記の(税引前純利益 / 売上高)については 8 % 以上というを目標が多いのですが、 最近は難しくなっています。

2.2.3. 収益構造

利益を決める要因はたくさんありますが、売上高の一次関数で近似します。

  利益 = m * 売上高 + f
  ここに、
	m = 限界利益率
	  = (売上高 - 変動費) / 売上高
	f = 固定費
売上と利益の関係が実際には一次関数でないとしても、 現売上高での接線近似になりますので、 商品構成や販売条件などが変わらなければ、 かなり良い近似になりますし、人件費、原価償却費、租税公課、電力費や通信費の一部など、 売上に関係なく発生する変動費(variable cost)と、 原材料費、外注加工費、電力費や通信費の一部など、 売上にほぼ比例する変動費がありますから、 妥当な近似であることは間違いありません。

この一次近似の係数 m を限界利益率(marginal profit ratio)、 f を固定費(constant cost)と呼んでいます。

このモデルで、利益を大きくするには、 限界利益率を上げるか、 売上を増やす固定費を減らすしかありませんが、 ぎりぎりまで固定費を減らしても、 利益の上限は (m * 売上高) を越えることができず、 この限界を限界利益(marginal profit)と呼んでいます。

  限界利益 = 売上高 - 変動費

このモデルで売上変動を考えると、 売上が損益分岐点売上高(break-even sales)と呼ばれる値

  損益分岐点売上高 = 固定費 / (1 - 限界利益率)
を越えないと利益が出ず、下回れば赤字になりますから、
  損益分岐点比率 = 損益分岐点売上高 / 売上高
が売上変動耐性を表すことになり、 通常 0.7 以下が目標になりますが、 この達成と維持も簡単ではありません。

このモデルで限界利益率を高めるには、 製品構成を変えることになりますが、 生産設備や人材、市場特性といった制限がありますから、 こういった制約条件の中で限界利益が最大になるような製品構成を考えるという 最適化問題(product-mix)を解くことになって、 線形計画法(linear programming - LP)などの手法が使われます。

限界利益を最大にするという戦略は、 原価計算(costing)から見ても大きな利点があります。

企業が複数の製品を作っている場合、 個々の製品の正確な原価を求めるのは極めて困難です。 この難しさは固定費(間接費)をいかに個々の製品に賦課(imposition)するかにあって、 恣意性が強く、事実上正解がありません。 原価計算の文献に無数の手法が羅列されているのは、 うまい方法がないからです。

しかし、限界利益を決める直接費については、 個々の製品毎にかなり正確な計算ができますから、 原価を直接費だけに限定すれば、 この恣意性を逃れることができて、 この手法は直接原価計算(direct costing)と呼ばれています。

一般に限界利益率の目標は 0.40 以上ですが、 業種によってかなりの違いがあって、 装置産業では固定費が大きくて限界利益率が小さく、 手工業ではその逆になります。

2.2.4. 人件費

利益を追求する経営にとって、 ほとんどの費用は少ないに越したことはないようにも思えますが、 実際には最適値が存在する場合が多く、 その典型が人件費です。 あまりに少ないと優秀な人材が集まらず、 多すぎると人件費倒れになります。

この最適値については、アメリカのラッカー(Allen W. Rucker)が 1899 年から 1929 年に至るアメリカ製造工業統計(U.S. Census of Manufactures) を克明に調べて、

  労働分配率 = 人件費 / 付加価値
が業種や時代に関係なく、ほぼ一定 40 % 弱(相関係数 0.9996 !)であるという、 驚くべき法則性を見出しました。

ここで付加価値と呼ぶのは、ほぼ

  付加価値 = 売上高 - 原材料費 - 外注加工費
で、企業が自らの意志にも基づいて経費配分できる金額です。 ラッカーはこれを生産価値と呼びましたが、 日本では加工高と呼ぶことがあって、 この呼称も悪くないと思います。

この法則見付かった結果、 企業にできることは人件費総額を個々の従業員 いかに公正に分配するかだけになりましたが、 この公正というのが実に難しい問題です。

2.2.5. 生産性

人件費以外でも、最適値を見出すために、 生産性(効率)を評価する指標がいろいろ工夫されていて、 例えば、次ぎのようなものがよく使われます。

  売上高支払利息比率 = 支払利息割引料 / 売上高
この指標はなかなか有効で、故田辺昇一氏は 0.1 以上なら倒産、 0.07 を越えていれば縮小バランス、 0.04 を越えたら現状維持、 0.03 以下なら健全といった判定基準を開発しました。
  売上高人件費比率 = 人件費 / 売上高
0.17 以上になると危険と言われていましたが、 加工高比率(付加価値/売上高)と労働分配率が一定しているため、 必然的に大きな違いが出なくなります。 加工高比率の大きな業種があれば、 異業種からの参入により、 すぐ一致値に収束してしまいます。
  一人当たり加工高 = 加工高 / 従業員数

  一人当たり売上総利益 = 売上総利益 / 従業員数

  一人当たり税引前利益 = 税引前利益 / 従業員数
労働生産性すなわち人(工数)が効率的に使われているかどうかの重要な指標で、 少数精鋭化の程度がわかります。
  一人当たり機械装備額 = 設備資産 / 従業員数

  一人当たり有形固定資産 = 有形固定資産 / 従業員数
機械化と有形固定資産投資のレベルを見ます。
  機械投資効率 = 付加価値 / 設備資産
設備投資が効率的に行われているかどうかを見ます。
  平均出勤率 = 延出勤人員 / (稼働日数 * 従業員数)
平均給与を下げて、意図的に予備人員を増やしていない限り、 0.95 を切ると効率的経営は難しいようです。
  売上高研究開発費費比率 = 研究開発費 / 売上高
研究開発への投資バランスを考えます。
  新製品比率 = 3 年以内に上市した新製品売上高 / 売上高
新製品の開発状況を見ます。

この他、実に多くの経営指標が工夫されていて、これ以外にもたくさんありますが、 論理的絶対レベルとしての基準値を作るのは困難で、

  1. 業種の大分類、中分類、小分類についての対同業者比較
  2. 自社の過去の決算期との傾向比較
  3. 経験値との比較
として使うのが普通です。

平林 浩一, 2014-06