冊子「オーディオケーブルの謎 (金田・江川予想と その周辺)」の頒布について

128 ページの冊子ですが、1977 年当時の月刊雑誌「SOUND ROMAN」の 6 月号から 1978 年 10 月号までの 14 回の連載記事 「オーディオケーブルの謎 江川予想とその周辺」 に、1981 年 9 月号の「無線と実験」の雑誌記事「金田・江川予想について」、 1987 年の朝日新聞社「世界のステレオ No.5」の記事「幻の歪」 をまとめたものです。

現在でも、電気音響工学的には『電線で音が変わるはずがない』が常識で、 金田明彦さんや江川三郎さんによる『電線でも音が変わる』 という指摘については、「There has been a lot of discussion about loudspeaker cables. Some claim almost magical characteristics, and everyone seems to be getting into act of separating the audio-file from money.」 (最近はスピーカーケーブルに関するたくさんの議論を見掛けるようになったが、 そのいくつかの主張はほとんど魔術的と言うしかない特性に関するもので、 皆そろってオーディオマニアから金をまきあげようとたくらんでいるように見える) (注1) というのが(私を含めて)まともな(普通に勉強している)技術者の反応でした。

私が最初にこの問題を知ったのは、当時 FOSTEX にいた知人の技術者から 雑誌「無線と実験」1974 年 4 月号の金田明彦さんの「DC プリアンプ」 という連載記事のコピーを送っていただいたときで、 金田さんの『アンプの配線や接続ケーブルも音に影響を与える。 その原因としては銅線の表皮効果も考えられるし、 錫メッキも音を悪化させるようだ』といった過激な主張は信じられませんでした。

そこで、金田さんに「電線で音が変わるはずがないが」と 雑誌の編集部経由で伝えていただいたら、 「実験して見せるから東京で落ち合えないか」という話しになって、 秋田県にお住いの金田さんと当時は長野県在住だった私が、 東京都の田丸さんのお宅で落ち合い、金田さん設計の DC アンプを使ったオール・ホーン・スピーカーシステムでの実験に立ち会いました。

この時点での私は簡単に間違いを見付けられると思っていたのですが、 目の前でやってみせられた実験で、音が変わること自体は認めざるを得ないし、 何らかのトリックがあるようにも思えず、完全にお手上げになって、 電気音響工学の理論(理解)のほうに問題があるとしか思えなくなりました。

こうして、電気音響工学のどこに問題があるのかを考え始めたのですが、 今度は、その 1 年 8 月後、江川三郎さんによる雑誌「レコード芸術」 1975 年 12 月号の「タイプの違い、音質の変化」という連載記事で、 電線の表皮効果も音に悪影響を与えている可能性があるという指摘があって、 電線の表皮効果だけに絞れば電気特性の計算も測定も簡単なので、 とりあえず両者に共通する表皮効果に限定して、 研究と実験を進めることにしました。

そこで、表皮効果の(大きさや周波数特性が)違う電線、ケーブルをいろいろ作って、 たくさんの人々にブラインドテストをしていただいたのですが、 音の違いがわからない人(注2)のほうが多いものの、 わかる人々のほとんどが(電気計測では判別不可能なオーディオ帯域での) 表皮効果の少ないほうを 良い音(注3))と判断することがわかって、 表皮効果が音質を悪化させるという事実を受け入れるしかなくなりました。

しかし、これを受け入れると、やっかいな事態に引き込まれます。 オーディオ帯域(周波数)に於ける表皮効果は実に小さいもので、 オシロスコープやネットワークアナライザなどの電気的測定機では測定不能ですし、 この小さな電気特性の違いが音に影響を与えるとすると、 僅かな機械的振動とか、僅かな導体材料や絶縁体の違い、 電線やケーブルが置かれた環境などのすべてが音に影響を与えるはずですし、 電線どころか電子部品としての抵抗やコンデンサ、半導体部品、 スイッチや接点などの機構部品、アンプのケースまで、 ありとあらゆるものが音に影響するはずです。

電気音響工学から見たら気違い沙汰ですが、この後、多くの人々の実験により、 こういった「ありとあらゆるもの」が実際に音質に影響を与えていたことが 確認されてゆくことになります。 この時点で私が大きな影響を受けたのが、現 FIDELIX の中川伸さんでした。 確かな技術と優れた感性、創意に満ちたユニークな技術者で、 私が知らなかった『トランジスタより FET のほうが音が良い』といった、 実に多くのことを教えていただきました。

こうして、『増幅度 0 の理想アンプ』と言われていた電線・ケーブルが (マルクスの言う)「商品」になった結果、 発祥地の日本を含めて世界中から、 無数の(オーディオ・マニア向け)「商品」が発売され、オーディオ関連メーカー、 オーディオ評論家、オーディオ雑誌、オーディオ・アクセサリ企画会社などに、 巨大な市場(注4)がひらけることになった一方、 電気音響工学分野では、オーディオ・マニアが問題にする「電線の音の違い」 自体を体感する人が少ないようで、私の知る限り、 NHK技術研究所から長岡技術科学大学に転じた宮原誠さん以外に、 「電線による音の違い」などを考えた人はいなかったようです。

この冊子は、この商品としてのオーディオケーブルが産まれた時代に 日本のオーディオメーカーの技術者が自社開発品の技術的根拠、 開発意図を説明したオーディオ雑誌などの記事を題材に、 (常識的な電気工学者としての)私が書いてみた記事をまとめたもので、 技術者以外の個人、商店、商社などによるオーディオアクセサリー開発者の 魔術的信仰と主張については触れていません。私にはまったく理解できませんから。

当初の構想では、電気音響工学の対象となる、 周波数特性(振幅・位相)以外に、 非直線性やCDなどの量子化(デジタル・オーディオ)の問題、 後に江川三郎さんが傾倒した「純度(私には理解できない)」の問題、 理論家にとって重要な「なぜ一部の人が電気計測では識別できない (オーディオケーブルなどの)音の違いを認識できるのか」 という原理的問題について書く予定だったのですが、 雑誌自体が休刊になったため、連載も打ち切りになりました。

というわけで、当時の歴史的記述としても完全ではありませんが、 オーディオケーブルが話題になった当時、 どんな主張があり、真実はどうだったのかといったことはわかると思います。

それにしても、電気計測では識別できないごく僅かな特性の違いが、 (一部の人々に限られるとは言え)何故、 人間だと識別できるのかの問題に対する私の予想は、 後に依頼された「幻の歪」にまとめてありますが、 この問題が、鼓膜を中心としたスペクトル分解ハードウェアと、 そこから頭脳までの多数の神経繊維群内部の情報処理、 脳に入ったあとの 3 次元の複雑な信号処理といった、 並列演算系の仕組みに起因することは間違いなさそうで、 聴覚から脳に至る頭脳の仕組みの解明が問題を解く鍵になります。

この資料が書かれた後の歴史としては、コンピュータ技術の Deep Learning に代表される、 最近の AI 技術が大きなヒントになりますが、 この冊子では、これらの問題に触れた話題はありません。

この冊子の頒布条件は次のとおりです。

数量: 最大 5 冊まで
料金: 無料
対応窓口: (株)インテックス (FAX:  または email: ) 
対応可能期間: 在庫がなくなるか、あまりに多量で、出荷不能になるまで。
出荷不能になった後は、このページを含む WEB サイトに状況を告示。 その後のご依頼者にはご連絡しません。

最後に表皮効果を含めて、真面目に、この問題に取り組むことになった方向けに、 ちょっとしたヒント(注5を)つけておきます。

注1 - 江川さんの「スピーカーケーブル問題」への技術者の反応

R.A.Greiner,- Amplifire- Loudspeaker Interfacing
(Jounal of Audio Engineering Sciety, 1980 MAY, Vol28, no. 5
loudspeaker cable に限定していますから、 江川三郎さんの仕事に起因する、多数のオーディオ業界が生み出した 「商品」を指しているようです。

注2 - 電線による音の違いを気にする人は多くない

ブラインドテストを行ってみると、 電線による音の違いがわかるかどうかは、 遺伝子レベルとか子供時代の環境によるもののようで、 「電線の音の違いはわからない」が多数派です。 つまり、人間としての優劣でなく、個性なのです。 オーディオ・マニアの指摘がわからないほうが好運という可能性大です。

子供の頃から生のアコースティックな楽器に触れてきた人々に、 電線など部品レベルの音の違いがわかる人が多いようです。

Sony のCDを激賛した「カラヤン」の感性については、 よくわかりませんが、資本主義の信奉者だったのが原因かもしれません。

注3 - よい音

良い音の定義は簡単ではありません。 音の善し悪しの判断は個人差が極めて大きいのです。 ブラインドテストで経験した印象としては、 同じ音に対する判定が真逆になることも日常で、 (オーディオ評論家の)江川さんが『判定に迷うときは、 先に言ってしまうんだ。それがテストに集まった人々の結論になる』 と言っていたのが印象に残っています。

私の実感としては、細かい情報が失われるシステムを良い音と判断する人々は、 音楽を『メロディー対伴奏』として単純化して把握する傾向が強く、 細かい情報が失われるとストレスを感じる人々は、 音楽とは関係ない騒音や楽器の持つ高調波や雑音をを含めて、 演奏の『すべて』を同時に聞く傾向があるようです。

技術者としては、よい音をどう定義すべきかが難問ですが、私の場合は (できる人限定にしても)数量化が容易な 『採譜の容易性』(音楽を聞いて楽譜として記録する作業) を良い音の指標に使うことにしました。 こういった選択は、多分、私の青春時代の人生の影響だと思います。 従って、当然、私の結論を拒否する人々もたくさん居るはずです。

注4 - オーディオマーケット

マルクスは「資本論」で使用価値と(資本主義の)「価値」を区別していますが、 江川さんのお宅でオーディオアクセサリ会社の経営者とお会いしたとき、 彼が売ろうとしている商品について、 私が「この電線を、この効能書きで売るんですか!?」と聞いたら、 「我々も食べて行かなければならない」という(資本主義として当然の) 答えが戻ってきました。 江川さんに言わせると「売れるんだから良いではないか」と、 これまた当然の資本主義社会の見解。

注5 - 電線の表皮効果の何が問題か

電線の表皮効果については大域的周波数特性ではなく、 局所的な周波数特性の微分値を小さくする設計が良い結果を産む ことがわかっています。もちろん、電線の場合でも、絶縁体や導体を含む、 無数の条件が音質に関係していて、いとも簡単というわけにはゆきません。

この周波数特性の局所的特性の違いが、 電線以外の電子部品でも問題になることは間違いなさそうです。

平林 浩一